不実な婚約者は『真実の愛』を謳う

Kaoru

第1話 不実な婚約者

 侯爵令嬢のフェリア・グリーフィルドには婚約者がいる。

 2歳年上の、伯爵家の次男アラン・マクドエル。

 輝かんばかりの金色の髪に、透き通る水を思わせる蒼い瞳の絵本に出てくる王子のような見目麗しい青年である。


 フェリアとアランの婚約は、幼い頃に決められた。

 このハイラント王国では、貴族の婚姻とは家と家の繋がりであり、国の利益になるよう組まれることが必然だ。

 婚約するにも、国へ届け出をした後精査され、利があるとされたものが認められなければならない。

 それが貴族の義務であり、存在意義でもある。国を支えるのは国民であり、その統率を担うのが貴族。この国の法律に謳われていることであった。


 フェリアは、グリーフィルド侯爵の一人娘だ。

 男の兄弟がいれば、おそらくこの婚約は為されなかった。

 フェリアの母は、彼女を産んだ後、子供が産めない体になってしまった。母は父との離婚を希望したが、国はそれを認めなかった。この国では、男子に相続権の優位はあるが、女子の相続権も認められている。

 国としては、フェリアがいる限り、次子が産めないことでの離縁は国の利ではないと判断された。

 父の家系のグリーフィルド家は、国の財政を担う文官の家系で、母の実家は広大な農地を有する穀物の生産量では国一といわれる伯爵家だった。どちらも国の要の家柄である。国としては、両家の関係の保持を優先した結果だった。

 それが故に、フェリアは早くから家を存続させるために婿を取ることが決められた。その相手がアランであった。


 一方、アランの家は、商家を営む伯爵家である。

 先々代が起こした事業で大きく財を成し、国内でも有数の貴族となった。伯爵位ではあるが、資産は多い。ただ、先々代の功績により伯爵位に叙爵されたが、古参の貴族とは言えず、名家であるグリーフィルド家との縁談はマクドエル家の要望が叶った形だった。

 男子が三人いたマクドエル家から、グリーフィルド家への婿入り。高位の貴族とのつながりが欲しかった家としては、願ってもない話であった。



 そんな事情で結ばれた婚約であったはずが、今、フェリアの目の前で壊れようとしている。


 それはまるで劇場で見る舞台のようだった。

 王子然とした容貌の青年と、ふわふわと明るい色合いを纏う小動物のような令嬢が、隙間なく抱き合っている。

 それが、学園の裏庭でなければ、そして自身の婚約者でなければ、フィリアもさほど気にはしなかっただろうが、さすがに男はアランであったから、そのまま通り過ぎることはできなかった。


「アラン様、どうして私たちは結ばれてはいけないの?」


 麗しの少女が腕の中で涙流らに訴える。


「仕方のないことなんだ。真実、愛は君にあるんだ。でも決められた婚約は覆せない。

 戸籍上夫婦にはなれないが、愛するのは君だけだよ」


 アランは涙を拭ってやりながら、そう答える。


 ―― この間、アランと観ただわ。


 フェリアは小さくため息をついた。

 アランは次男だからなのか、はたまた子供の頃から麗しかった見目に甘やかされて育ったからなのか、彼はとても夢見がちな青年なのだ。

 ここまでもこれに近いことは何度かあった。アランの容姿は乙女の憧れである王子様のような容姿だ。キラキラ輝く黄金の髪に、少し垂れ気味の優しい翠玉の瞳。その顔に笑顔を乗せればぐっと甘さを増すのだ。少年っぽさと男性の色気を併せ持つ、少しアンバランスな具合がまた、女の心を掴むらしい。

 そしてアランは、寄ってくる女性たちの中から、遊び相手を選んで一時の恋の遊戯を楽しんだ後、必ず『婚約者とは家の都合で結婚せねばならない』を理由に関係を終わらせる。

 アラン本人は、『綺麗に別れている』という。そういう相手だけを選んでいるのだ。


 それは、この国の法律にある。

 数代前、『真実の愛』を巡って学園生たちの間で一つの騒動が起きた。

 その出来事をきっかけに、国全体の秩序を再考するに至り、一つの法律が出来た。

 貴族階級における政治的な婚姻や婚約の意味は大きい。だから貴族同士の約束を『真実の愛』であるという理由を盾に、一方的な婚約破棄や離婚をした場合、加害者側は貴族籍を剥奪するという法律である。

 それは貴族社会の秩序を守る意味でもあり、国の利益のためでもある。互いに利益が見込めるからこそ縁を求めるのであり、それを国に承認されるということは国にも利があるからなのだ。

 もちろん、相性が合わないということはあるだろう。また利を産む関係が変わり得ることも有る。だからこそ、であれば法律は適用されない。

 あくまで一方的な破棄、それも、他に情を移しての行為に関しては、裁判により処置が決定することになっている。

 

 この法律が出来た後、理不尽な婚約不履行は少なくなった。

 だが世の中は、必ず抜け道を見つける者がいる。そして悪用する者もいる。


 アランは、この法律を盾に、『婚約解消はしないが、自由恋愛は楽しむ』ことにしているのだ。不実を理由にフェリア側からの婚約解消を求めても、悔い改めるとして話し合いを終わらせてしまう。婚約解消には同意しない。アラン側からの婚約不履行ではないので法律も適用されない。

 そうして搔い潜りながら、フェリアに対して不実な態度を続けているのだ。


 アランにとって、『真実の愛』とは、とても便利な言葉なのだ。


 

 

 

 

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