褥瘡ロマン

野生のイエネコ

第1話

「別れた恋人には自殺してほしいって、割と普遍的な願望だと思うんですよ」


 油でぬめる指先を舐める。フライドポテトの塩味がとても美味しい。高木さんが嫌そうに眉を顰めているけれど、知ったことじゃない。塩も油も、指先を形づくるタンパク質も食べ物なのだから、口に含んで何が悪い。


「ね、そんぐらい人に必要とされていたってことなんだから、自分が振った相手がその後自殺したら嬉しくありません? ああ、あたしって価値ある人間なんだなぁって」

「そんなんで測られる価値になんの意味もないと思うけどね」


 高木さんは、ふう、とタバコの煙を吐いてあたしに軽蔑の目を向けてきた。狂ってるよ、君、と。

 自分だって、臭いヤニなんか接種して、緩慢な自殺をしているくせに、何を偉そうに、とあたしは嗤う。


「それじゃあ高木さんはどうやって相手から見た自分の価値を測るんですか? 恋人からの可愛らしい嫉妬?」


 小馬鹿にしたように笑いながら言うと、高木さんは苦い顔で舌打ちした。

 

「そもそも僕は相手から見た自分の価値など求めていない。自分の価値は自分で決めるし、相手の価値も僕が決める」

「ごうまーん」

「君には負けるよ」


 ポテトも食べ終わって、氷の溶けた薄いアイスティーをずず、と啜る。


「だから君は行儀が悪いんだ」

「ホームレス女子高生に何を求めてるんですか。未成年買ってる分際で」

「僕はいやらしいことはしていない!」

「同情して食べ物与えて、聖人君子にでもなった気分を買ってるじゃない。それはそれで大概悪趣味だと思いますよぉ?」


 あたしは命綱にも等しいこの男を、散々皮肉って怒らせようとする。それは高木さんがタバコを吸うのに似た快感があるようだった。


 煙たい喫煙席を出て、高木さんが会計を済ませるのをぼんやりと眺める。この人はどうしてあたしに構ってくるのやら。悪趣味で孤独なおじさんの姿はどこか哀愁があった。

 

 高木さんの住むワンルームアパートまで着いていく。普段はネカフェに寝泊まりしているけれど、高木さんはお小遣いをくれないので外泊は出来ない。

 お小遣いをくれるおじさんたちの相手をするのには、あたしは少し疲れていた。


 狭い部屋に敷かれた布団の上で、我が物顔に大の字で横たわる。


(早く今日が終わりますように。明日はありませんように)


 そんな叶わない願いを胸に、あたしは泥のように眠った。

 

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