~夢の跡地(前編)~

沙羅と再会したら、いつか一緒に行きたいと決めていた場所があった。

「放課後、懐かしい場所に行かない?」

その一言から今日の行き先は決まり、嬉しさと少しの不安が胸をよぎる。

夢をかなえたら、その先、人は夢はどこへ行くのだろう…


春の予感 ~夢の跡地(前編)~


西の森公園に着くと、桜は満開だった。

花びらが春風に乗って漂い、夕陽の色と混ざり合いながら空に溶けていく。


「わぁ、きれいだね。こんな満開だとは思わなかった」

桜を見上げた沙羅の瞳に、淡い光が宿る。


「ここは少し遅れて咲くんだよ」

「そういえばそうだったね…久しぶりだから」

「沙羅ちゃん、前に来たときのこと、覚えてる?」


沙羅は花びらを手のひらで受け止めるように指を伸ばす。


「当たり前でしょ!私から誘ったんだから」

「えっ、そうだったかな?」

「ユウキくんのほうが忘れてるし~、一度くらいは学校の外で話してみたくてね」


軽く笑う横顔が、桜色に染まっている。


「そうだったかな?でもここで一緒に桜をみたことははっきり覚えてる!」

「私もちゃんと記憶に残っているよ。お弁当を一緒に食べたね」

「うんうん、おばあちゃんが作ってくれて、今はもう亡くなってしまったけど」

「……残念だね。でも、すごく美味しかったよ。料理上手だったんだね、ゆうきくんのおばあさま」

「うん、すごく料理好きでね。沙羅ちゃんにそういってもらえてきっと喜んでるよ」


沙羅の横顔を見つめながら、ユウキがふと問いかける。

「桜、あの頃みたいに綺麗に咲いてるでしょ?」

「そうだね~、まったく同じってこともないけど綺麗」

「うんうん、すごく綺麗だよ!沙羅ちゃんも」

「えー、聞こえない。もっとはっきり言いなさいよ!」

「沙羅ちゃんも桜みたいに綺麗だよ!」

「ふふ、言わせてしまった」


いつもながらの沙羅とのやり取りだけど、それだけでユウキは心が穏やかになれる。


公園の奥に、新しいベンチが見えた。

「こんなところにベンチあったかな?」

「違う遊具があった気がするけど、まぁ座りましょう」


二人で腰掛けると、木々の間から夕陽が差し込み、桜の影を長く伸ばしていく。

「変わっていくことは止められないね。…あの頃に戻りたい」

「私もそう思うよ」

「意外だな。いつも前向きな沙羅ちゃんが」

「前を向くしかないから向いてるだけだよ」


ユウキは少し驚いて横を見る。

その表情は、普段の勝ち気な笑みとは違って、どこか柔らかかった。


「今日の沙羅ちゃんは素直だね」

「なによ、それ。普段はひねくれてるってこと?」

「そういう意味じゃ…」


沙羅はふっと笑い、頬にかかる髪を耳にかける。

「この場所でユウキくんといると、変な気持ちになる」

風が吹き、桜の花びらが二人の膝の上に降り積もる。


「並んで桜を見てると、あの頃の気持ちに戻るよ」

「…不思議だね。私もそんな気がする」

沙羅は顔を上げ、淡い桜の花びらを目で追いながら、そっと口を開いた。


「おばあさまもユウキくんがこんなに立派な青年になって喜んでるよ」

「そうだといいな、たいして立派なこともしてないけど」

「光星学園に入学して私みたいな美少女とすごしてるんだから立派でしょ!」

「はは…そうかも」


沈黙が落ち、鳥の声が遠くから響く。

やがてユウキがぽつりとつぶやいた。


「中学の頃、この公園で…沙羅ちゃんをよく探してた。もしかして会えるんじゃないかって」

沙羅は少しだけ目を瞬かせ、それからふっと笑う。

「ユウキくんって、私のこと…言えないよね」

「え?」

「言葉がストレートすぎて、気持ちが漏れまくってる」

からかうように言うが、その耳はほんのり赤い。


「…そ、それは…」

ユウキは言葉に詰まり、視線を逸らした。

沙羅は笑いながら、そっとベンチの背に肘をつき、ユウキの横顔を覗き込んだ。


「でも、ゆうきくんがそんな気持ちでいるとは思わなかったな」

「卒業式の時も、何も言えなかったから後悔してた」

「何をいいたかったの?私のこと好きでした!とか?」」

「違うよ…ちゃんとさよならを伝えたかっただけ、心に区切りをつけたくて」

「じゃあ、今からさよならを伝えてくれるの?」

沙羅は、急に真剣な顔になって、ドキッとするようなことを言った。


「いじわるなこと言うね…」

「ふふ、そんな簡単には甘えさせてあげないよ~」

沙羅は静かに微笑んだ。

からかうようでいて、どこか照れているようにも見えた。


桜の枝越しに、空が茜色から藍色に変わり始めていた。

ユウキは小さく息を吐き、笑った。


「今はただ、会えただけで夢が叶った気持ちなんだ」

この桜の下で、沙羅と並んでいる今が

何度も夢に描いた景色そのものだった。


沙羅はその言葉に少し目を細め、視線を空へ向けた。

またひとひら、花びらが二人の間に舞い落ちる。

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