G06「車が追いかけてくる」R07

「幼稚園とか海で砂遊びした時に作る山って、富士山みたいだったでしょ?」


地蔵が並ぶエリアを歩いている時に先生が言い出した。


「大量の粒を積み上げると、一定の角度に落ち着くの。物理学では『安息角』って呼ぶのよ。重力と摩擦力が釣り合う角度ね。富士山の上の方は30度ぐらい。」


「真宵、幼稚園でいつも水を運んでたっす!」


「そうね、濡らすと安息角は10度増えるのよ。カッコイイ山を作るには水が要るのよね。幼稚園児も、物理を感覚で理解してるってこと。」


「この山って、富士山の上だけ切り取ったみたいな形ですよね?」


「千登世ちゃん、なーいす! 安息角30度なのよ、ここも。そこから推測出来ることは何?」


ここは単成火山で富士山は成層火山。えーと?


「似たような成分? 岩ですか?」


「はい、正解! たくさん穴が開いた火山岩、スコリア、って呼ぶんだけど、材料が共通してるのよ。」


「お砂場の山の上の方だけ水かけて、きゅっきゅってすると、富士山みたいになるっすよ。」


先生は笑いながらまよちゃんの頭を撫でてる。


「真宵ちゃん、幼稚園から研究してたのね。富士山の裾野は主に火山灰、摩擦力が小さいのよ。角度が緩やかでしょ?」


毎日見てる富士山の美しいフォルムが、物理で説明できることが驚きだった。


「東の海に島が並んでるわよね? あれもフィリピン海プレートで運ばれてきた火山なの。」


先生が立ち止まって指を差した方角に、大小の島が連なっていた。


先生の顔が少し険しくなった。

凜々しい表情になると美しさが増すのは、瑞希先輩と同じだ。


「フィリピン海プレートがアムールプレートに沈み込んでいるの。それが巨大な地震の原因よ。私の博士論文はね、その構造についてなのよ。」


愁いを帯びた口調に思わず聞き入ってしまう。


「もっと多くの人が研究に参加して、地震が発生するメカニズムや早期の予知、防災が進化すると良いなと思ってるの。」


先生は私たちに向き直った。


「あなたたちも、もし興味があったら研究者を目指してみてね。人の役に立つ素晴らしい研究だから。とはいえ……」


「今は楽しんで! 人間はね、本来純粋に『理解すること』が楽しいはずなの。そういう風にデザインされた生き物なのよ。」


そう言って、先生は満面の笑みを見せた。

それはまるで幼稚園児みたいな、無垢の笑みだった。

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