【クビ宣告】「お前のスキル『整理整頓』は地味すぎる。今日でクビだ」Sランクパーティーを追い出された俺、実はそのスキルが“世界の理”を書き換える最強の力だと誰も知らない
農民侍
第1話 地味スキルと理不尽なクビ宣告
「アッシュ、お前は今日でクビだ」
Sランクパーティー【神託の剣】のリーダー、イグニスが吐き捨てるように放った言葉は、冷たく、何の感情もこもっていなかった。
場所は、高難易度ダンジョン【深淵の迷宮】の第五階層から命からがら撤退した直後の、冒険者ギルドの一室。部屋の中には、攻略失敗の重苦しい空気と、仲間たちの苛立ちが渦巻いていた。俺以外の全員から向けられる視線は、まるで汚物でも見るかのように冷え切っている。
「……え?」
かろうじて絞り出した声は、自分でも情けないほどにかすれていた。
「『え?』じゃないだろう。今回の失敗は、全てお前のせいだ」
イグニスがテーブルを拳で強く叩く。ガタン、と大きな音が響き、俺の肩がびくりと震えた。
今回の敗因は、誰がどう見てもイグニスの無謀な判断にあった。罠の可能性があると俺が報告したにもかかわらず、彼はそれを無視して突撃を命じ、結果、パーティーは奇襲を受けて半壊状態に陥ったのだ。前衛の剣士と盾役の連携ミスも重なり、撤退するだけで精一杯だった。
だが、このパーティーにおいて、リーダーである彼の判断は常に正しい。間違いは、常に俺のような最弱のメンバーに押し付けられるのが常だった。
「だいたい、お前のスキル【整理整頓】は戦闘の役には一切立たない。ただテントの中を綺麗にしたり、アイテムを倉庫に並べたりするだけ。そんな地味スキル、もはや荷物でしかないんだよ」
パーティーの盾役であるドレイクが、腕を組んでイグニスに同調する。
「まったくだ。ポーションを渡すのが一瞬遅れたせいで、俺は腕に傷を負ったんだぞ。これもアッシュのせいだ」
「俺だってそうだ。剣の切れ味が悪かった。メンテナンスをサボったんじゃないのか?」
剣士のゲイルも、憎々しげに俺を睨みつける。
違う。ポーションは指示された場所に正確に配置していた。剣のメンテナンスだって、昨夜、皆が寝静まった後に完璧にこなしたはずだ。俺のスキル【整理整整頓】は、戦闘では役に立たない。だが、冒険の質を維持するため、俺は誰よりも気を配り、誰よりも働いてきた自負があった。
毎晩、泥と血に汚れた皆の武具を丁寧に洗い、油を塗り、刃こぼれ一つない状態に「整頓」する。限られた食料をスキルで「整頓」し、見た目も栄養バランスも良い食事を用意する。野営地では、地面の石ころや木の根をスキルで取り除き、平らで快適な寝床を「整頓」して提供する。
それら全てが、彼らにとっては“当たり前”のこと。感謝の言葉一つ、かけられたことはなかった。
「……ポーションの配置は、事前の打ち合わせ通りでした。罠の可能性についても、俺は確かに報告したはずです」
かすかな抵抗を試みるが、俺の言葉はイグニスの怒声によってかき消された。
「言い訳をするな! この役立たずが! お前のようなハズレスキル持ちを、幼馴染という情だけでパーティーに置いてやった恩を忘れたのか!」
そうだ。俺がこのSランクパーティーに在籍できていた唯一の理由。それは、俺が子供の頃からイグニスと幼馴染だったから。ただ、それだけ。俺のスキルは、この世界では何の価値もない、完全なハズレ扱いだった。
「もう我慢の限界だ。これがお前の今月の報酬だ。とっとと失せろ!」
イグニスが床に投げつけたのは、銅貨が数枚だけ入った小さな革袋。一ヶ月分の給料どころか、今夜の宿代にすらならない。それは報酬などではなく、ただの侮辱だった。
俺は震える手でそれを拾い上げる。唇を固く噛み締め、こみ上げてくる屈辱と悔しさを必死に飲み込んだ。ここで泣けば、さらに彼らを喜ばせるだけだ。
「待ってください、イグニス様! 今回のことは、アッシュさんのせいでは……!」
その時、か細くも凛とした声が響いた。パーティーの魔法使いであるリリだ。彼女だけは、いつもパーティーの隅で孤立しがちな俺を、気にかけてくれていた。
「アッシュさんのおかげで、私たちはいつも最高の状態で冒険ができていたはずです! それを忘れたのですか!?」
「リリは黙ってろ!」
イグニスは、自分に意見したリリを鋭く睨みつける。
「お前もこいつの仲間なのか? なら、お前も一緒にクビにしてやろうか?」
「そ、それは……」
イグニスの恫喝に、リリは青い顔で俯いてしまう。これ以上、彼女を巻き込むわけにはいかない。
俺は、もうここに自分の居場所がないことを悟った。
「……これまで、お世話になりました」
深々と頭を下げ、逃げるように部屋を後にする。背後で「せいせいするぜ」「やっとお荷物を追い出せたな」という嘲笑が聞こえた気がしたが、振り返ることはなかった。
ギルドの廊下を一人とぼとぼと歩く。これからどうすればいいのか、全く分からない。荷物は全てパーティーの共有物として取り上げられ、俺の手元には今着ている服と、投げつけられた銅貨数枚だけ。絶望で、目の前が真っ暗になりそうだった。
その時、後ろから小さな足音が追いかけてきた。
「アッシュさん!」
振り返ると、リリが息を切らしながら立っていた。その手には、彼女の愛用する魔法の杖と、小さな荷物袋が握られている。
「私、パーティーを抜けてきました」
「え……? どうして!? 馬鹿なことを! 君は優秀な魔法使いじゃないか!」
リリは、Sランクパーティーにふさわしい実力者だ。俺とは違う。俺のために、彼女の輝かしい未来を棒に振らせるわけにはいかない。
「馬鹿なことではありません。アッシュさんのいないパーティーに、私がいる意味はないんです」
彼女はまっすぐな瞳で俺を見つめていた。
「皆は気づいていませんでしたけど、私は知っています。アッシュさんが毎晩、私たちのために装備を完璧に整えてくれていたこと。アッシュさんの淹れてくれる薬草茶がなければ、私の魔力はとっくに安定を欠いていました。あなたがいたから、【神託の剣】はSランクでいられたんです」
リリの言葉一つ一つが、固く凍りついていた俺の心を、少しずつ溶かしていく。
ああ、見てくれている人は、いたんだ。俺のやってきたことは、無駄じゃなかったんだ。
「……ありがとう、リリ。君のその言葉だけで、俺は救われた気がする。でも、本当にいいのか? 俺はこれからどうなるか分からないんだぞ」
「大丈夫です! 二人でなら、きっとやっていけます! 私の魔法と……アッシュさんの力があれば!」
力、と言われて俺は自嘲気味に笑った。俺にあるのは、片付けくらいしか能のない【整理整頓】スキルだけだ。
その時、ふと自分の腰に提げたギルドカードに目が留まった。冒険者の能力が記された、ステータスカードだ。俺は無意識にそれを手に取った。
【名前】アッシュ
【職業】なし
【スキル】整理整頓
【状態】疲労、軽度の呪い(パーティーメンバーからの悪意)
「状態」の欄に記されたマイナス要素。特に、「呪い」という禍々しい文字列。これは、仲間たちから向けられ続けた悪意や嫉妬が、実体を持って俺の体にまとわりついているものだ。これが原因で、常に体が重く、思考も鈍っていた。
(……そういえば、これも“整理整頓”できるんだろうか?)
突拍子もない考えが、頭をよぎった。
俺のスキルは、散らかった部屋を片付け、汚れた武具を綺麗にする。つまり、「乱れた状態」を「正常な状態」に戻す力だ。
ならば、この「疲労」や「呪い」といった“乱れた状態”も、スキルで“整える”ことができるのではないだろうか? まるで、部屋にたまったホコリやゴミを掃除するように。
ダメ元で試してみる価値はある。
俺はステータスカードに手をかざし、意識を集中させた。
(スキル【整理整頓】――俺の“状態”に存在する、あらゆる“乱れ”と“汚れ”を“整えろ”)
すると、カードの文字が淡い光を放ち、スッと書き換わっていくのを、俺は確かに見た。
【名前】アッシュ
【職業】なし
【スキル】整理整頓
【状態】正常
その瞬間、信じられないことが起きた。
ずっしりと肩にのしかかっていた鉛のような疲労感が、すっと霧散していく。体の奥底にこびりついていた、黒い靄のような呪いの気配が綺麗さっぱり消え去り、思考が驚くほどクリアになる。世界が、今までとは比べ物にならないほど鮮明に見えた。
「え……?」
自分の身に起きた劇的な変化に、俺は呆然と立ち尽くす。
「アッシュさん? 顔色が……なんだか、すごく良くなりましたけど……」
リリが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「いや……なんでもない。なんでもないんだ、リリ」
俺はこみ上げてくる笑いを抑えきれず、リリに向かって満面の笑みを向けた。
それは、追放された絶望から生まれた乾いた笑いではない。無限の可能性という希望を見出した、歓喜の笑みだった。
地味スキル? ハズレスキル?
違う。全く違う。
俺の【整理整頓】は、ただの片付けスキルじゃなかった。
世界のあらゆる事象、物理法則、果ては概念すらも「整頓」し、あるべき姿に、いや、俺が望む姿に“書き換える”力だったのだ。
「リリ、行こう。俺たち二人の、新しい冒険の始まりだ」
俺はリリの手をそっと取った。彼女は少し驚いたように頬を赤らめたが、すぐに力強く握り返してくれた。
「はい、アッシュさん!」
Sランクパーティーを追放された日。
それは、絶望の始まりではなかった。
地味スキルと蔑まれた俺が、世界の理すら書き換える力で最強へと至る、壮大な物語の始まりの日となったのだ。
【神託の剣】が、自ら手放したものがどれほど規格外の“至宝”だったかに気づき、後悔の涙に濡れるのは、もう少しだけ先の話である。
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最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
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今後とも、本作をよろしくお願いいたします。
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