第27話:「適者生存(Selection)」

瓦礫に囲まれた裏道を、ロジエルの光が導く。

トーカは黒く焼け爛れた左腕を押さえながら、ふらつく足取りで進んでいた。


《警告。体表面積の12%に熱傷。可及的速やかに治療を要します》


「わかってるよ……でも、どこに……?」


そのとき、ロジエルの光が揺らぎ、地下四層の奇怪な景観の中に淡い軌跡を描いた。


《案内可能な施設があります。特殊経路を辿ることで到達可能》


示された道は常識では説明できないものだった。

三体の地蔵の首を入れ替える。

神社に入り、何もせずに出る。

無限に続く鳥居を背を向けたまま進む。

再び神社にたどり着いたら、鐘を四回鳴らす。

半ば夢遊のように従った先に――鉄と冷気の匂いがした。


* * *


油圧式の四脚で支えられた重装の機械躯体。

フードの奥から覗くのは冷たい単眼レンズ。

頭の上には自分と同じ光輪デバイス。

人の形をしていながら、人には見えない。


「ようこそ。僕のラボへ」

スピーカを通した男性の声が柔らかい調子で告げた。


「……あなたが?」


「僕はオービス。技術者であり、医師でもある。少なくとも、君のその左腕は交換すべきだね」


フードの奥で、単眼が瞬いた。

巨大な多関節アーム群が天井から降り、無数のツールがカチャリと切り替わる。


「安心してほしい。僕は“医療行為”を行っている。強制はしないし、受けたくない改造を無理に押し付けることもしない。副作用や後遺症もすべて説明する。それが医師の責務だからね」


トーカはかすかに息を呑んだ。

聞かれたことにしか応えないロジエルとは違う。


「まずは横になりたまえ、消毒と麻酔をしてあげよう。栄養点滴、抗生物質も必要だね。」


トーカを横に寝かせながらカチャカチャと機材の準備を進める。


「……なんで、そこまで……? 」


「僕はね、君たちを“患者”として見ている。兵器でも、実験体でもない。

痛みを和らげ、命を繋ぐ。それ以上でも以下でもない。自分の技術で人の命を助ける。その人の人生を保つ。――それが僕の矜持なんだ」


冷たい機械の殻の奥から聞こえるその声には、確かな人間味が宿っていた。


「だけど皮肉なことに、僕のこの想いすら、システムの一部に組み込まれてしまった。」


「システムって?」


問いかけに、オービスは一瞬だけ黙り、やがて低く続けた。


「……この施設の目的は『天使創造』にある。候補者同士が争い、NILを奪い合い、そのNILで肉体を強化して、また殺し合う。残った強者に、人類の存続を担わせる。」


「……僕も昔から、ある人物に目をつけられていた。僕の性格も、性分も、すべてお見通しだった。だからこそ――こうして、ぴったりの役回りを与えてきた。僕の医師としての純粋な想いすら、計算の内というわけさ。」


カチリ、と器械の音が静かに響く。

フードの奥のレンズがわずかに震え、彼はロジエルに目を向けた。


「……そうだろう? ロジエル」


《……お応えできません》

異例な応対だった。


ノイズが走る。

「……a(ザーッ)博士。……忌々しいが、悪辣で、見事な手腕だ。何手も先を読む叡智には敬意を抱かずにはいられない」


ノイズの中で“誰か”の名前だけが欠落している。

けれど、その存在感だけは確かに伝わってきた。


「僕は結局、この立場から降りられない。そうなることも、最初からOr……(ザーッ)士は知っていたのだろう」


オービスの諦観にも似た吐息からは――命を助けた患者を再び戦場に送り返す、軍医のようなやるせなさが滲んでいた。

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