04:階層守護者(Protocol)

 ズダン!


衝撃音が響く。

背中から壁に打ち付けられ、衝撃で肺の空気を一気に吐き出す。


「——がふッっ……!」


なめらかなクッション性のある床に転がり、荒い呼吸を繰り返す。


〔警邏・鎮圧ユニット【ASHURAアシュラ】御社のセキュリティを、劇的に向上させます。〕

〔上下2対の高出力義肢アクチュエータを採用。複数名の暴徒を同時制圧可能です。〕


ショールームのような空間に投影されたプロモーション映像が、先ほどから何度も繰り返されている。


「胸糞悪ィ広告だぜ……」


目の端で、巨大な影が静止している。

半光沢に輝く白金色のボディ。二対の腕。

頭上には自分と同じ光輪ロギエルが浮かび、思考しているかのように明滅する。

そいつは、まるで彫像のように無感情にこちらを見下ろしていた。


〔鎮圧完了。警備モードに移行。〕

機械の声が響く。


背後の扉を守るように元の立ち位置に帰っていく。

四本の腕が軋むような駆動音を立てる。

隆々とした胸の前でゆっくりと組み直すと、仁王立ちの姿勢へと戻った。


(クソッタレが……)

俺が落第だってか?


「まだ……終わってない、だろ……!」

警棒を杖のようにしてよろよろと立ち上がる。


《今の貴方の力で【ASHURA】を倒すことは難しいようです。一度引き返し、戦力を増強することをお勧めします。》


「うるさいっ!」


(もう一度だ!)

しかし、相手の防御は完璧だった。

杖を振り降ろす前に、下の腕で受け止められ、上の腕で奪われ、そして——掴み上げられる。

 視界が浮く。


もう何度目か分からないくらいに地面に転がされた時、目の前に黒い影が差し込んだ。


「大丈夫か?」


知らない男だった。

使い込まれたツナギを着て、無造作に伸びた髪の奥からこちらを覗き込んでいる。


「ケガはないようだな……」

ほっとしたような声。


オレが答えるよりも先に、彼は立ち上がって前に出た。


「苦戦しているなら、俺が先に行っても構わないか?」


その視線の先で、アシュラの四本の腕が音を立てて展開する。


〔鎮圧モード再開。対象、再評価……〕


男は両手をだらりと垂らしたまま、散歩でもするような足取りで前に出た。

アシュラのセンサーがわずかに揺らぎ、最適行動を選択できず一瞬遅れる。


「……動けないのか?こっちは丸腰だぞ?」


アシュラが反応した。

両上腕を構え、右のストレートとボディブローを同時に叩き出す。

顔面と腹部を同時に狙う――防御困難な一回二撃。


男は用意していたかのようにアシュラの攻撃の死角側に一歩踏み込むと、

下半身から自分の身体を投げ出しすよう懐へと滑り込んだ。

金属の拳が風を裂き、彼の頬を掠める。

そのままアシュラの胴体に腕を回すと、アシュラの攻撃の勢いを殺さずに利用する。

上体の内の大きな重量を占める2本の右腕の反動を殺せずに、回転するように体勢を崩した。


「流石に崩したら倒せるか。二足歩行を選んだ生き物の宿命だな。」


アシュラの巨体が、重力に従って片膝をつく。

床が軋み、粉塵が舞う。

しかしそれでも、四腕で床を突き、再び立ち上がろうとする。


男はすでにその頭上にブーツを振り下ろしていた。

ガンッ、と金属音が弾け、ひび割れが走る。


アシュラ、すぐさま上腕を振り上げて反撃――

しかしその一瞬の“予備動作”を、ツナギは見逃さなかった。


「お前、“考えながら”戦ってるな。」

男の身体がブレた。


振り払った拳の先にはもういない。

男は反射、直感、訓練された勘だけで――相手を翻弄する。

アシュラは攻撃のたびに軸をずらされ、行動が遅れるたびに肘や拳を叩き込まれる。


「強い……!」

思わず息を呑んだ。


掌底が頭蓋内のカメラモジュールを揺らす。

男は相手が怯んだ瞬時に距離を詰めて、ハンドガンを抜く。


ためらいのない動作。

銃口がアシュラの頭部に突きつけられた。


一発。


乾いた音が響く。

アシュラの頭部に黒い穴が開き、機械音が途切れた。

ロギエルの発光がふっと消える。


〔――戦闘継続……困難。評価……完了。〕


その巨体がゆっくりと片膝をつき、 沈黙のまま傅いた。

まるで“通行を許可する”のように。


(勝ちやがった……オレと同じ、改造もしてない生身なのに……)

賞賛する思いと同時に、悔しさも込み上げてくる。


男は銃を腰に戻すと、こちらを振り返った。

「――君も一緒に来るか?」


「お、おれ一人でもアイツくらいは倒せたんだからな!勝手に助けた気になってんなよ!」

思わず憎まれ口が飛び出し、自分でも驚く。


「はは、威勢がいいな。女の子かと思ったら男の子だったか。」


「ふざけんな!オレは女だ!」

顔を真っ赤にして講義する。


冗談だよ。と男は笑った。

「先を越されて悔しいか?俺と来るなら改造なんかしなくても戦える方法を教えてやる。」

そう言う彼は息も切れておらず、汗ひとつかいていなかった。


「……ふん、教わらなくてもすぐ追いついてやる!」

強がりながらも、差し伸べられた手を取る。


こうして俺たちの旅が始まった。

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