CHAPTER Ⅰ:地上層

01:ようこそ!(Halo, world)

 ──パンッ。


 短く乾いた発砲音。

 スキズムの身体が大きく仰け反り、そのまま沈黙した。


 虚ろな瞳の奥には、生きようと踠く残滓が残っていた。


「手ごわい相手だった。手心を加える余裕はなかったよ。」


 その場に屈むと、手のひらでそっと、スキズムの開かれた目を閉じた。


「怪我はなかったか?トーカ。」


 この人はツナギ。

 この見知らぬ施設で困っていた時に助けてくれた。

 その後も旅のサポートしてもらっている。


「うん……大丈夫。」


 ツナギさんの横で一緒に手を合わせる。

 ──彼が、私の前で人を殺すのは、これで2度目だ。


 ここでは、生きるために戦うことを強制されている。

 わたしの生きていた平和な日常は──ある日、突然過去になった。


 ***


 ──パンッ。


 前傾姿勢から地面を蹴る。

 冷たいトラックの匂いが鼻を抜けた。


 胸のゼッケンが風に揺れる。

 空気をかき分けるような感覚が心地よい。

 私の前には、誰も走っていない。


 放課後の陸上。今日もコーチに褒められた。

 わたしは才能があるんだなぁ……


 ニマニマしながら帰りの電車に乗り込んで、そこから先の記憶はない。


《つぎは〜……しん……おう……》


 ただ――いつもの夕焼けが目に痛いくらいに朱かったことだけ覚えている。


 ***


 プシューーー!!


 電車のドアよりも重たい金属の開閉音。

 続けて──ガコン。と棺桶の蓋が外れるような音。

 それが夢と現実の境を引き裂いた。


 瞼の裏に光が滲む。

 視界が、白く、霞んでいた。


 冷気が肌を刺し、喉に酸素が押し込まれる。

 咳き込みながら、涙で滲んだ目を開ける。


(……ここ、どこ……?)


 目を開けると、薄暗い空間が広がっていた。

 壁も床も白く、どこか病室のようで、それでいて――何かが違う。


 見慣れたウインドブレーカー。胸元に刺繍。

 ──「TOKAトオカ ICHINOSEイチノセ」。


 足元には薄く霜が残っている。

 凍りついた空気の中、震える手を見つめる。


「……なに?……これ。」


 独り言のような声が、静寂に吸い込まれた。


《おはようございます。現在、あなたは安全区画に保護されています。》


 まるで直接、頭の中に転がるように響く。

 少女のようにも、大人のようにも聞こえる、中性的な声。


《光輪型ユニット:LOGIELロギエル。以後、案内と支援を担当いたします。》


「……天使の、輪っか?」


 見上げると、頭の上に光の輪が浮かんでいた。

 淡い光を放ちながら、静かに回転している。


 触れようと手を伸ばしたとき――


〔18:15です。清掃時間となります。スタッフは退去してください。〕


 先ほどまでの声とは異なる、無機質なアナウンスが部屋に響く。


 音もなく扉が開き、キャリキャリとクローラーが廊下を踏み締める音が近づく。


 円盤のような胴体。

 そこから生えるハンガーラックのような、ひょろっとした身体から枝分かれするアーム。

 それらの先端には“掃除用のツール”がいくつも取り付けられていた。


 わたしは唾を飲み込んで、ゆっくりと後ずさる。


《確認:S.W.E.E.P.E.R.スイーパー個体識別コード No.427。

 このフロアにおけるS.W.E.E.P.E.R.は、“GRADEⅢ登録者”を対象とした排除行動を取ります。接近は非推奨です。》

《戦闘の回避、あるいは登録スキルによる反撃を推奨します。》


「スキル?そんなの持ってないってば!」


 アームのうちの二本が、スムーズに前へと滑り出す。


 大型廃棄物を保持するためのクランプと、

 それを細かく破砕するためのグラインダー。


 キィィィィィィィイン……!


 悲鳴のような音を上げながら、金属の円盤が回転速度を上げていく。


〔18:15です。清掃時間となります。スタッフは退去してください。〕


 チィーンと円盤が床を舐め、火花が足元をかすめた。

 考えるよりも早く足が動いた。


 ──わたしは、どこにもないゴールをめがけて走り出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る