お狐様との約束
二人で座りながら景色を眺めていると、急にお狐様が口を開いた。
「あのさ、今日はありがとう」
「ん?えっと、何にですか?」
「急に君に話しかけたり、君の観光について行ったり、ことあるごとに急かしたりとか、そういうこと含めて受け入れてくれたこと、全部」
「そんなことですか。確かに話しかけられたときはびっくりしましたけど、一緒に行くか提案したのは俺ですし、急かされたのは俺の体力不足が原因ですから」
「まあそうだけどさ……でも普通、私みたいなのと一緒に観光しようなんて思わないでしょ」
「そうですかね?お狐様、可愛いし他の人でも十分話してくれたと思いますよ」
「かわっ……君ねぇ、神様をからかうなんていい度胸してるじゃないの。呪ってやろうか」
「うわ~怖い。でもお狐様は本当に優しい方だと思うので、そういうことはしなさそうですね」
「うっ……ま、まあ私は寛大だからね。そのくらいなら許そうじゃないか……じゃなくて、そうやって感謝してるから、何かお礼がしたいの」
「お礼、ですか」
「うん。神様からお礼してもらえるなんて、そんな機会ほとんどないよ」
「お礼……今の所、特にないですね。欲しいものもやりたいことも」
「ええ!無欲だねー。私なんてやりたいこといっぱいあるよ?東京行きたいし北海道も行きたい、ゲームの課金だってしたいし、滅茶苦茶高い寝具で寝たい。それに君、受験生でしょ?第一志望に受かりたいとか、そういうのないの?そもそもどの高校目指してるのさ」
俺は志望校の名前を伝える。
「聞いたことないなぁ……結構有名?」
「その界隈では有名だと思いますよ。でもまぁ、今の学力を落とさず勉強すれば入れると思ってるので」
「私なんてやりたいこといっぱいあるよ?東京行きたいし北海道も行きたい、ゲームの課金だってしたいし、滅茶苦茶高い寝具で寝たい」
物欲多すぎないか?本当に神様なのか疑ってしまうな。
「神様ならどこへでも行けそうなものですけどね」
「……そうだったら、いいんだけどね。言った通り、外に出ると時間制限があるからあんまり遠くには行けないんだ。大阪には行ったことあるよ」
「神様だからって、万能じゃないんですね」
「うん」
「それじゃあ、俺からも感謝を。一人で周っていたらきっとあんまり楽しめなかったと思います。一緒に来てくれてありがとうございます」
「……」
「またこうしてお狐様と周りたいな……と思うくらいには楽しかったです」
「……そっか、よかった!」
ああそうだ、これをお願いすればいいのか。
「すみません。一つお願いしたいことがありました」
「ん?何かな?」
「来年、受験が終わったら、またここに来ようと思います。その時にまた、一緒に周ってください」
「……うん、わかった。楽しみ、にしてるね」
そういうとお狐様は立ち上がってまた景色を眺め出した。
「あーそっか、そろそろ時間か」
「あ、制限時間ですか?」
「うん。君ともお別れ、だね。さよならだ」
「違いますよ」
「え?」
「来年また会うんですから、またね、です」
些細なことかもしれないが、それでも挨拶は大事なことだ。出会いのあいさつも、別れの挨拶も。だから俺がそう訂正すると、お狐様は固まったように動かなくなり、しばらくして口を開いた。
「……神様ってさ、皆が思ってるほどすごい存在じゃなくてさ。決まった時にしか外に出られなくて、食事だって一人で食べなきゃいけないんだ」
心なしか詰まった声でお狐様が言う。
「だからさ、だから、今日抜け出してよかった。本当はね、私、大阪なんて言ったことないんだ。ずっと家に引きこもりっぱなしで、初めて儀式以外の時に外に出たの。家の人に無断で。そこで、まさか、君みたいな人に会えるなんて思わなかった」
いや、心なしか、なんかじゃないな。お狐様、確実に泣いてる。
「嫌だなぁ……別れたくないよ。まだお昼過ぎだよ?もっと、もっと遊びたいよ……」
「……お狐様が今いるところから、抜け出すことはできないんですか?」
「多分、無理だと思う。お母様だって厳しいし、本家の人たちだって……」
ずっと閉じ込められていることに、俺の妹の境遇と重なるものがあった。そしてそれを感じた瞬間に、言葉が口をついて出た。
「お狐様、お願いに変更と追加」
「えっ、へ、変更?追加?」
「来年会うのは東京にしましょう。俺が案内します。だから……だから、何とかしてその家から出れるようになってください。それが無理だったら……またここに来ます。それで、俺があなたを外に連れ出します。ああそうだな、これはお願いじゃない。約束です」
いつの間にかお狐様の姿が半透明になっていた。時間は残されていないみたいだ。
「っ……約束っ!わかった!絶対!ぜったいなんとかして君のところに行けるようにするから!だから!……また、ね……!」
「うん。待ってます。またね、お狐様」
丁度その時にお狐様の姿が完全に消えた。
「ホワッツ!?」
と同時に、耳元で驚く英語の声、振り返ると、そこには大勢の観光客でにぎわっていた。
そうか、お狐様が居なくなったから、術が解けたのか。
「アイムソーリー。アーユーオーケー?」
「オ、オーケー」
最低限の英語でその人が無事か確認すると、踵を返して見晴台から去る。
行きはあんなに時間がかかったように感じられた参道も、下りはすぐに終わったような気がした。
周囲の喧騒のせいで、景色もかすんでいる気がする。
その後の俺は、特にあてもなく、適当な店で食事を摂り、適当な観光名所を周り、適当に時間をつぶして祖父と合流した。
「綾、京都は楽しめたか?」
「うん。まあね」
「……お前、何かあったか?」
「え?」
「何かに会ったか?」
「会った……まあ会ったには会った、のかな?」
「悪い気はしないが……しばらく気をつけろよ」
「ん?うん分かった。それより
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それから数か月、勉強を重ね、俺は自信をもって入学試験に臨んだ。
そしてこれは、ネットで合格通知が届いた後の、その合格者登校日の出来事である。
「……あ、あのぉ……」
高校の正門の前。
白い狐の耳、ふわふわの尻尾。
浮世離れした少女が、そこにはいた。
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