お狐様との約束
梢 葉月
お狐様に出会った
これは俺が体験した、短くも不思議な話だ。
受験を年明けに控えた、9月の3連休の事である。
「じいちゃんは用事あるから。午後6時にまたここに集合な」
俺、
「いや、
「む、もしかして行先を決めてないのか?おすすめはこっから北に行ったところにある東福寺だ」
いつものように受験勉強をして布団に入って就寝したかと思いきや、目を覚ますと祖父が運転する後部座席で目を覚まし、目的地に着いたというからなぜか一緒に後部座席に置かれていた服に着替えてここに来たのだ。行先も満足に決めてないのも当たり前だろう。
「まあ受験勉強の息抜きだと思って楽しめ。小遣いは渡しておく。じゃあの」
「えっ嘘でしょ」
おい祖父ちゃん、あんまりじゃないか。
かわいい孫の捨てられた子犬のような表情が目に入ってないのか?
鳥居の奥に進む祖父を恨めし気に眺めながらも、脳裏ではここからどう過ごそうか考え始めていた。
「とりあえず、ここから見て回るか」
そして俺の精神は思ったよりも受験勉強に音を上げていたらしい。一礼をして一つ目の鳥居をくぐれば、俺の心に困惑と不安はなく、未知の世界に迷い込んだ冒険者のような興奮が渦巻いていた。
伏見稲荷大社。全国にある稲荷神社の総本山で、千本鳥居がある、ということしか知らない。
「稲荷信仰の原点……諸願成就もあるのか」
スマホでこの神社の謂れを調べて、再び歩き出す。舗装された石畳に導かれて、朱と白の世界に足を踏み入れた。
「はえ……」
そんな間抜けな声が出るほどの、圧倒的な様相。力強さと、細部まで緻密に彩られた建築に目を奪われてしまった。
早々にお参りを済ませ、今度は千本鳥居を目指そうと踵を返したその時だった。
視界の端に、何か白いものが映った、ような気がした。
「……?」
その場所をもう一度見てみても、ただ人混みがあるだけ。見間違いだろうか、白い床に反射した光だったかな。
「よし、行くか」
一瞬浮かんだ霞のような疑問を吹き消し、気を取り直して神社の奥へと進んでいく。石段を登り、玉山稲荷神社という小さな神社の正面に当たって左折し、さらに石段を上がっていくと、奥宮と呼ばれる場所に着いた。
ここまでくればすぐ左手に千本鳥居の始点がある、のだが……。
「……?」
さっきから、誰かに見られているような視線を感じる。
くるりと振り返っても、誰がそんなことをしているのかはわからなかった。
「まさか、お稲荷様、とか?」
もしかして、俺の何か特別な血筋か何かが神様を呼び寄せているとか!?
「……まっさかー」
そんなライトノベル的な思考を打ち消す。ただ、やはり視線は依然として纏割りついているように感じる。
早く鳥居をくぐろう、そう思って奥宮に向き直った時、今度は見間違いじゃなく、視界に白いものが映った。
それは奥宮の右手、小さなお社だった。
奥宮とその先に続く千本鳥居に視線を誘導されて目に入らなかったが、こんなところにも神社が建てられていたのだ。
近づいてみると、その社は
「あ、お稲荷さんって狐の事じゃないんだ」
軽い驚きを覚えながら、賽銭箱に小銭を入れてお参りをする。
「……ん?」
目を開けて、目を擦った。
おかしいな、横に白い狐が座っているように見えるんだが。
「んんん?」
欠伸をしてこちらを見上げたぞ。
「あ、あの……」
「ひぇあ!?喋ったあああ!!??」
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「……あ、あのぉ……」
「……」
……どうすればいいんだ。
社から離れて座りこんだ俺に、しきりにお狐様が話しかけてきている。
幻覚幻聴の類か?もしかして夢?いや、何にせよやることは一つ。
「あの「すみませんお狐様今奉納できるお金があれしかなかったんです許してください」――え?」
日本人に古くから伝わる謝意を示す方法、土下座。
俺は地面に額をこすりつけて誠心誠意謝罪をする。
「えっ?」
お狐様が困惑した声を上げる。なんだ?そのことが不満なんじゃないのか?
「いや、その、別にお賽銭が足りなかったとかなくて、そもそも私、この神社の――」
「――じ、じゃあなんですか?確かに入院してる妹を置いて観光なんてしてることに対して何か罰が?」
「そ、そういうのじゃないから!安心して、ちょっと、君に興味があっただけなの」
お狐様は申し訳なさそうに続ける。それにしてもフレンドリーなお狐様だな。もっとこう、敬語で話すのかと思ってた。
「君、私の事見えてたよね?」
「……えっと、本殿に参拝した時の事、ですか?」
「そうそう!あの時は目隠しの術を使ってたんだけど、なんか君に見られてる気がしてさ。ついて回ってみたらやっぱり振り返るから、こうして話しかけてみたの」
「そ、そうだったんですね……」
神様ってこんなに気安い感じなんだ……。
「外の人と話すなんて何年ぶりかな。君、観光客?」
「ええっと、はい、そうです。東京から」
「東京!いいね、行ってみたいな」
とにかく、俺の事をしばき倒そうと思って姿を現したわけじゃないらしい。
気さくに話すお狐様だが、ふと尻尾が下がっているのが目に入った。そこから神速の思考力でなぜこのお狐様が俺に声をかけてきたのか、ここから何をしてほしいのか、その答えを導き出し――俺は腰を上げてお狐様に恐る恐る問うた。
「……えっと、ここから千本鳥居を通って上まで登ろうと思うんですけど、来ますか?」
「えっ……いいの!?ついてくついてく!」
犬は寂しい時や落ち込んでいる時、悲しい時に尻尾が下がると聞いたことがある。そして狐はイヌ科に属する。
だからこのお狐様も何か嫌なことがあったんじゃないかと思い、気晴らしになるようなことを提案したのだが、正誤はともかく、逆鱗に触れることは回避できたようでほっと息をついた。
「じゃあ行きましょうか」
そうして、俺とお狐様の不思議な参拝が始まった。
鳥居にいた観光客は、いつの間にかいなくなっていた。
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