「はい? こちら神材派遣管理会社、"ユル"です。」
U-SAN
第1話 「俺は夏枝 重(ナツエ シゲル)」
俺は夏枝 重(ナツエ シゲル)、35歳。
彼女もいなければ、特別な才能もない。
どこにでもいる、平凡な会社員だ。
ただ、その“普通”を装うことで、胸の奥に押し込めた黒い感情は日々増していった。
休日の朝。まだ空が薄明るい時間帯から、俺はいつものように酒を口に運んだ。
独り、狭い部屋でくだらないことをつぶやきながら、何時間も時間を浪費する。
ぼんやりした視界の中で、いつの間にか眠りに落ちてしまい、目を覚ますと陽は高く昇っている。
無為に過ぎ去った時間の重みを感じ、胸の奥に鈍い痛みが走った。
「こんな俺を、誰が必要とするんだ?」
わかっている。そんな問いは理屈ではなく、心の奥底でぐちゃぐちゃと渦巻く。
逃げ場のない気持ちが、俺をじわじわと蝕んでいく。
今日は保険の変更のために予約を入れていた。
気合を入れて家を出たものの、なぜか気分が変わって外に飛び出してしまった。
街を歩きながらふと思い出す。
「あの予約、どうするんだ……」
また自己嫌悪が押し寄せる。
「全部投げ出してしまいたい」
その感情が胸の中で沸騰し、抑え込んでいるうちにさらに苛立ちが募っていく。
そんな俺に、追い打ちをかけるように会社から通知が届いた。
“戦力外通告”
その五文字が、まるで楔のように胸を貫いた。
「もう終わりかもしれない」
言葉には出せずとも、その思いが何度も何度も俺を縛り付けた。
焦りが心の中でじわじわと広がり、無力感が体を重くしていく。
だが、今日は違う。
どうしても新規の案件を獲らなければならない。
しかし、その強迫観念は空回りし、気持ちは乱れ、ただ嫌な気分だけが募っていった。
*****
西東京市の街に、じっとりとした湿気が纏わりついている。
汗ばんだ肌に焼けつく太陽が容赦なく照りつける。
俺はまるで、十戒のモーゼのようにその熱風を切り裂きながら、必死に坂を登っていた。
「この坂の先に、新しい顧客がいるかもしれない」
そう信じて、重い足を引きずる。
だが、心は焦りと不安に支配され、頭の中は混乱の坩堝だ。
「誰も、お前なんか必要としていない」
頭の中でその言葉がリフレインし、体の奥まで冷え込み、呼吸を苦しくする。
しかし、その言葉に反発する自分もいる。
「それでも俺は、ここにいる」
痛みと希望が絡み合い、俺はただ前を向こうとしていた。
坂の上にたどり着くと、そこには穏やかな住宅街が広がっていた。
変わっているのは表層だけで、本質は何も変わっていない。
それが逆に、異様にくっきりと浮かび上がっていた。
黒く滲んだアスファルトの照り返しは、まるで俺の未来を焼き尽くすかのようだった。
そして、その未来はまるで溶け出しては凝り固まったアスファルトのように、不安定で固く閉ざされている。
無意識にインターホンを押し、通販の売り込み資料を手に取る。
「これが最後のチャンスかもしれない」
そう思いながらも、目を逸らしたい気持ちが胸の奥で騒めいた。
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