第16章「遥という少女」

遥の記憶 ──10年前


深夜のアパート。母親の怒号が飛び交い、壁に物がぶつかる音がした。

7歳の遥は押し入れの中で膝を抱え、ただひたすらに耐えていた。


「“いい子にしていれば、ママは優しくなる”──そう信じてた。

でも、優しさなんて、どこにもなかった」


母が笑うときは、決まって誰かを傷つけた後だった。

「優しさ」はごまかしで、弱さを利用する“罠”だった。


その日を境に──遥の中で、「やさしさ」は“支配と裏切りの象徴”になった。



現在:翔太と美咲、そして玲奈の選択


旧市街の、もう使われていない診療所。

そこが遥の隠れ家だった。


3人が辿り着いたその場所で、美咲が見たのは──

幼い頃の遥の写真と、彼女が書き綴った大量のノート。


ノートの一節には、こう書かれていた。


『壊してしまえば、もう誰も嘘をつけない。

誰も“やさしく”しなくて済む。だから私は──』


玲奈が呟いた。


「これは叫びだよ……“誰か、本当のやさしさを教えて”っていう」


翔太は静かに言った。


「なら俺たちは、壊される側じゃなく、

……“もう一度信じさせる”側でいよう」



遥との再会


部屋の奥、カーテンの隙間に座っていた遥。

ガリガリに痩せ、目の下には深いクマ。

それでも、目はまだ──強い光を宿していた。


「来たんだ、美咲。玲奈も、翔太も。

じゃあ、最後の実験を始めようか」


「違うよ、遥。これはもう実験じゃない──あなたの人生の、始まりだよ」


美咲は一歩近づく。


遥は一瞬、怯えたように体を引いた。

でも、美咲はもう止まらない。


「遥──あなたは壊れたんじゃない。

傷ついただけ。助けを呼べなかっただけ。

でも、今は、呼んでくれた。私たちを──!」


遥の目から、ぽろりと涙がこぼれる。


「うそ……だって私、誰かを壊してきた……ずっと……!」


「それでも、間に合うよ。壊された私たちが、今ここにいるから」


翔太も、玲奈も、頷いた。


遥は泣き崩れ、はじめて「助けて」と声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る