第13章「記憶の墓場」

廃墟へ


灰色の空。

薄暗い森を抜けると、かつての大学施設の研究棟跡が現れた。

今は誰も使わないはずのその建物の前に、美咲は立つ。


「……懐かしい匂い」


雨が降る寸前のような、空気の重さ。

過去に何度も通った場所なのに、今は別世界のようだ。


「翔太……無事でいて」


廃墟の扉を開けた瞬間、センサーが反応したように、蛍光灯が淡く点灯する。

そして、スピーカーから“彼女の声”が響く。


「いらっしゃい、美咲。ようこそ“記憶の墓場”へ」


遥だった。



感情の罠


廊下を進むごとに、美咲は次々と“記憶の映像”にさらされる。

それは、遥が仕掛けた投影装置によって再現された、過去の場面。


──翔太が別の女と笑っていた記憶

──教授に否定され、泣き崩れたゼミ室

──遥に手を引かれ、「全部忘れなよ」と囁かれた夜


「こんなの……全部、作られた記憶よね……?」


それでも、心が揺れる。

痛みは、偽物でも本物でも──“今”を揺さぶる。



翔太との再会


地下室に続く階段を降りた先。

椅子に拘束された翔太が、かすかに目を開いた。


「美……咲……?」


「翔太……よかった、無事……」


美咲が近づこうとしたとき、モニターに再び遥が現れる。


「それ以上近づけば、電流が流れる。

思い出せる? その装置──“君の記憶を壊した道具”だよ」


美咲の手が止まる。


遥はモニター越しに静かに語る。


「あの日、私は壊されたの。

優しさも、友情も信じてたのに、全部嘘だった。

だから今度は──私が君を壊す番」



選択のとき


「でもね、美咲。最後にチャンスをあげる。

その机の上に、“君自身の記憶を消すボタン”がある。

押せばすべての痛みがなくなる。翔太も解放する」


「……私に、忘れろって?」


「そう。愛も裏切りも、私のことも。

君に優しさが残ってるなら、そうするべき」


沈黙の中、美咲はゆっくりと机に手を置いた。


「私は──忘れない。

記憶は痛みだけじゃない。“私自身”だから」


その手で装置を逆に破壊する。


バンッ!


モニターがブラックアウトし、拘束が解除される。


翔太が倒れ込むように、美咲の腕に抱きつく。


「……ごめん、全部、俺のせいだ」


「ううん。今はそれより、“ここから出よう”」



遥のその後(別視点)


どこか別の部屋。

遥は、壊れたモニターを前に、ひとり立ち尽くしていた。


「やっぱり、あなたは私にはなれない」


彼女は一枚の写真を取り出す。


そこには、かつて三人が並んで笑っていた──幻のような過去。


遥はその写真をゆっくり破り、目を閉じた。


「次は……もっと壊さなきゃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る