第9章「静かな刃」

美咲の視点


翔太と遥が並んで映る写真。

そこには、どこか親密さすら感じる距離感があった。


「あなたが信じている男は、加害者かもしれないよ」


メモの文字が、美咲の胸をじわじわと締め付ける。

けれど──もう、私は“疑い”に飲み込まれない。


(全部、私の中で決める。信じるか、立ち向かうか)


翔太も、遥も、もう信じすぎない。

だからこそ、私は私自身で、この歪んだゲームに終止符を打つ。



美咲の行動


翌朝、美咲は会社に有給申請を出した。

その足で向かったのは、遥が管理会社に提出した「住民登録票」の写しを保管している不動産屋。


持参した“弁護士の知人に相談中”という言葉とともに、丁寧に情報を請求した。


「すみません、これ、前の入居者の緊急連絡先とかって残ってませんか?」


「ええと……ありますね。あ、でもこれは……“桐生遥”さん?」


──名前が違う。


やっぱり、あの女は偽名で住んでいる。


(翔太さんの言ってた通り……でも、何を隠してるの?)


その場でスマホに記録し、次に向かったのは大学図書館の資料室。

翔太の過去を信じたくない気持ちもある。でも、確かめなきゃ、進めない。


大学の研究記録に、確かに“桐生遥”の名前があった。

そして、彼女が在籍していたゼミで起きた「心理学実験中の機密漏洩」事件──それが当時ニュースになっていたことも、美咲は初めて知った。


被害者は、精神を病んで退学。加害者は特定されず、事件は“自然消滅”。


(これは……偶然なんかじゃない)


美咲は震えながらも、ページを撮影し、自宅へ戻った。



遥の部屋


その夜。


遥の部屋では、彼女がモニターに映る“隠しカメラ映像”を見つめていた。

美咲が不動産屋を訪れる様子。大学に足を運ぶ様子。すべて映っている。


「調べたのね、私のこと」


遥は初めて、わずかに唇を噛んだ。


「壊れる前に、牙をむくなんて……」


だがその目に、焦りはない。

むしろ──楽しげに、鋭く光っていた。


「いいわ、美咲さん。あなたもやっと“遊び”を理解してきた」



美咲の決意


美咲はその夜、日記を閉じた。

今日からは書かない。

代わりに──録る。記録する。残す。


部屋の中に自ら小型カメラを仕込み、スマホには録音アプリを常に稼働。

遥に接触する“材料”を、自分の手で集めるために。


そして、心に誓った。


「この家も、仕事も、人間関係も、もう渡さない」

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