第8章「罪と告白」

中村翔太の視点


夜、部屋のデスクの上に広げられた資料の束。

翔太は桐谷遥の過去を洗っていた。名前の履歴、住民票、転居記録、SNSの痕跡……すべてが“偽装”されていた。


だが、1枚の資料が彼の手を止める。


「旧姓:桐生遥」


その名前を見た瞬間、翔太の心に鈍い痛みが走る。

記憶の底に埋めていた、ある“事件”がよみがえる。



8年前。

翔太は大学の心理学研究室に所属していた。

そこで“ある女子学生”と出会った。桐生遥。


美しく、頭が良く、誰よりも人に優しい女性──そう思っていた。

だが、ある日から研究室の人間関係が崩壊しはじめた。


・講師が解雇された原因不明の騒動

・研究データの改ざん

・同級生の心の病、退学


すべては、遥が入ってきてから始まった。


翔太は彼女をかばっていた。

信じていた。

だがある日、彼は目撃してしまった。


研究室のサーバーからデータを削除する遥の姿を──


「……君だったんだな、全部」


そのとき遥が見せた笑顔は、今の彼女とまったく同じだった。

優しげで、感情のない、作り物の笑顔。


翔太はその日、何も言えず、ただ背を向けた。



そして今、また彼女は“別の顔”で現れた。

美咲の隣人として。


(これは偶然なんかじゃない──)


翔太は震える手で、USBを取り出した。

8年前の事件の記録、そして遥との写真。

すべてを、美咲に伝えるべきか葛藤する。


だが、その時──彼のスマホが震える。


【桐谷遥】

「翔太くん、久しぶり。あの頃の話、まだ覚えてるんだ?」


翔太は目を見開いた。


(……どうして俺の番号を?)


遥のメッセージは、さらに続く。


「また私のこと、裏切るつもり?」


「今度は、私が先に壊すね」



美咲の視点


その頃、美咲は翔太からの連絡を待っていた。

しかし、既読はついたまま返事がない。


──ザァァァ……


部屋の窓に、ざらついた音が響く。

外を見ると、ポストにまた白い封筒が投げ込まれる瞬間を目撃した。


美咲は恐る恐る封筒を開けた。


中に入っていたのは──


翔太が8年前、大学で遥と並んで微笑んでいる写真。


「え……?」


そして、メモにはこう書かれていた。


「あなたが信じている男は、加害者かもしれないよ」

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