ワイの呪われた指がKコーズ二店壊してまで本を完成させたキロク
水森 凪
第1話
タイトルがなんでなんJ民口調になってるからって?
なんとなくですよ、最近よく見てるんで。んで、
「キンコーズって何?という人も中にはいるよね。
私は単に「巨大素人向けプリント店」だと思ってた。
都内に数店舗?それ以上?あります。(詳しくはググってみて)
予約も何もいりません。自分の持ちこんだPDFで大量の印刷物を作りたい人が使うところという風に考えてました。まあ実際そうかな。
まずそこを利用しようとした経過から。
ちなみにこれ、十年以上前の話だからね。
ある時私は某小説サイト上で、丸一年かけて会心の長編小説を完成させ、ある程度満足のいく反応も得たわけだ。んでその流れで
「パソコン上に幽霊のように存在しているこれを形にしたい」と思うに至った。
年のせいもあるかもしれないが、読み物というのはページをめくりながら次の展開をどきどき待つものという感覚があったから。
そして、読書家で、歯に衣着せずつまらんものはつまらんと断言する娘に相談しましたとさ。
これ、私家本にしようと思うんだけど本づくりする意味と価値あるだろうかと。
ISBNコードつけて書店に流通させる気はない。自費出版専門の出版社は見つけてある。
上下巻に分かれると思うけどセットで二十部も刷ってくれればそれでいい。
てことで、
長いけどとにかく読んでくれるよう頼んだんです。
娘はお金くれるならまあ読むけど、でも、紙に印字したもの以外では読まないと答えました。
しかしこれ全文で522,930文字あるんだわ。
そこで私は考えた。まずはキンコーズに行って全文出力してもらい、あとは自宅の「とじ太くん」で自分で製本するしかないと。
分厚い本の上下二巻にしても読み切れない量。これはキンコーズ以外ではどうにもならない。娘も
「お母さんの指は切符の自動販売機も壊す魔の手だから、一緒に行って私がやる」といってくれた。
そう、私はもともと「タッチパネル」に近づいてはいけない人間だった。特に「顔認証」「指認証」「キーにタッチ」「スマホ」とにかく体から何か出てるんじゃないかと思えるほど誤作動を起こしたり壊したりする人間だったから。
特に夫が新車を買ったときなど、払い込みの為いつも懇意にしている銀行に行っても
「お客様が触らない方がよろしいですわね」
ってんで独立型タイプのATMで、キーに手を近づけただけで画面に億単位の数字が表示される奇々怪々を大急ぎで止めてくれた行員さんが、あと全部やって下さいました。
ちなみに前も書きましたがスマホの顔認識はできません。指紋もです。
プロに設定してもらっても一分もたつと「無効」になります。
コロナ渦のときは、各病院の入り口にある「額で体温はかるマシン」にことごとく無視され
「Iさんはそこパスでイイですから」という特権まで、大学病院と歯医者でいただきました。
まあ何はともあれキンコーズの話です。
嘘は書かないので信じてクレメンス。
使用したのは新宿店二つと渋谷店。
文章はPDF形式にしてUSBファイルに入れて持参。
キンコーズは店員にデータ渡してお任せコースと、パソコンを一定時間レンタルして、セルフで全部印刷オーダーするというコースがある。
そのセルフも、レンタルしたパソコンに逐一フォームに入力していかなあかん。
原稿のサイズは?フォントは?上下左右どれだけあける?一気擦りの前に試し刷りする?それは何ページから何ページまで何部? 冊子印刷か否か?
ここはプロフェッショナルと言えるほどこれ系に強い娘に全部お任せした。
「お母さん近づくだけで変な電波が邪魔するのでちょっと離れて」と言われながら。
そして目にもとまらぬ速さでキーを叩き、試し刷り4ページをお願いした。
キンコーズのレンタルパソコンには当時プリンターなんかついてなかった。
注文はキンコーズのメインプリンターに送られ、順序通りに印刷される。
出来上がったそれを店員が席まで持ってきてくれる。
しばらくして店員が、「できました」と4ページの原稿を持ってきた。すごく複雑な面持ちで。
受け取った私たちは凍り付いた。
四枚の紙の最初はこうだ。
「おばばばばあかあかうえとぶるそんぎゃてんであうあうあうけけけむりどろどろあくせまかろこりんぼんばかとりあとりあんぼろけずべ」
正確ではないが文字の羅列が並んでおりあと三枚は白紙。さすがに娘が店員を呼び止めた。
「ちょっと待ってください。私たちがそちらのマシンのフォームに従って入力した内容にミスはありませんでしたよね?」
「ハイ確かに」店員は明らかに狼狽していた。
「じゃあこれはそちらのミスじゃないですか?こっちはパソコンの時間制レンタル代払っているんですよ」
「申し訳ありません。私たちにもわからない現象です。すみませんがも一度だけ、同様にフォームに入力して送ってみてください」
まったく!と毒づきながら娘はまたちゃっちゃと同じ作業を繰り返した。
しばらくして幾分明るい顔の店員さんが紙を手に戻ってきた。
「今度はうまくいきましたよ」
なるほど、そこには指定した通りの文字が行儀よく並んでいた。これなら問題ない。
「何が起きたんだろうね」と私。
「バグでしょ。もう一度冊子印刷で多めに試し刷り頼んでみる。それで大丈夫なら全体にGO!だ」
次の印刷も問題なかった。指定通りの文章がキレイに並んでいた。
そこでわたしは、「よし、万が一冊子印刷でバグが起きたら取り返しがつかないんで両面印刷で100ページ分やってみよう!」
「多少冒険だけどね」
そこでまた娘がフォームに指定を入れて、100頁GO!となったのだ。
次に運んできた店員さんの顔は。
暗かった。というかこわばっていた。
「一応こういう風にできたんですけど……」
そしてさっさと行ってしまった。
私たちは急いでページをめくった。見たところなんのミスも問題もない。問題が起き始めたのは10ページほど確認してからだ。
ところどころ、文字が抜けている。一ページにつき五か所ほど、字が抜けている。
そしてそれは紙をめくるたびにひどくなっていった。
一行に二か所三か所。次はもっと多く、一行のうち印字されてるのは半分。これでは意味が通らない。
そしてとうとう、一ページのあちこちに文字がバラバラに印刷されてるだけの、暗号文書みたいになっていった。
最後のページは一言「ぬ」で終わった。あとはただ白紙。
これは、なにごと?
しばらくすると、あちこちで声が上がり始めた。
「印刷まだですかー」
「指定と違う仕上がりになってるんですけど」
「これ、なんですか、一体。ふざけてるんですか」
私たち二人は震えあがった。駅の券売機や新品のデスクトップパソコンを丸ごと壊した私が、関係してないはずがない。
ついに店内放送が流れた。
「ご来店のお客様、まことに申し訳ありません。店内の印刷機器に不具合が生じ、現在原因不明です。プリントが不可能な状態になっています。今しばらくお待ちください」
私たちはどうしたか。
パソコンのレンタル代を支払って早々に店から逃げた。
自分が原因という確信があったからだ。
ずんどこべろんちょ。
でもその証拠はない。私は一日でも早く印刷をし遂げて、娘に読んでほしい、それだけだった。
どこのキンコーズかは書かない、私たちは新しい店に飛び込んでそこでも娘がフォームに入力した。
そこは頑張ってくれた。ほぼ一冊完成するぐらいのページを印刷したのち、奥で騒ぎが起きた。
「どうしたどうした」
「プリンターが動かないんです」
「原因は」「わかりません。専門家を呼ぶしか」
「おい、全然動かないぞ、なんだこれ」
私たちは早々に支払いいを済ませ、逃げるように店を後にした。
二店のキンコーズのマシンを「作動不能」に陥れたのは私が無関係とは思えない。ごめんなさい。
とにもかくにも印刷を終えた原稿を「綴じたクン」で製本し、私は娘に計二冊の、ど分厚い本を渡したのです。
お金を払い、横浜のホテルに一緒に泊まって読んでもらいました。一泊で。
娘の読書の速さは尋常でなかった。あれほど細かい字でびっしり書かれてるのに、ラーメンを待つ間のジャンプのような勢いでページをめくる娘。わたしはおずおずと、
「あの、内容ちゃんと頭に入ってる?」と尋ねた。
「入ってるよ。説明してあげようか?」と娘は言って、そこまでのストーリーと詳細なエピソードまで再現してくれた。
「わかった、疑って悪かったよ」
しゃれたバーでステーキとワインを注文して夕食をとり、娘は午前一時ぐらいまで読んでいたが、
「終わった。寝るよ」とあっさり言ってベッドにもぐったのです。
えええっ。この字数を、この短時間で???
私は信じられない思いだったけど、たぶん彼女には自然と速読の技術が身についているのでありましょう。
よく見ると、読書中、視線が上下ではなく「斜め」に動いていたのです。
翌朝、彼女は小説に関する、的を射た、決してお世辞を混ぜない厳しい書評をした後、
「本屋に並べる気はないのよね。知り合いに配るんでしょ」と確かめ、
「いい話だと思う。反対はしないよ、それだけの内容があるから。よくラストでまとめたね」といってくれた。
かくて上下二巻は望む人の手に「ただで」お配りしました。
A出版さん、こんな無理を聞いてくださりありがとうございます。
出版社ではもちろん印刷トラブルはありませんでした。なぜかって、印刷に関しては私が一切かかわっていないからです。
タイトルは…… まあ、やめとこう。
某巨大小説サイトで、今まで書いたもっとも長い小説でして。
最期の時には、棺に入れてあの世にもっていこうと思っている、私の代表作です。
キンコーズ二店道連れにしてね。
<了>
ワイの呪われた指がKコーズ二店壊してまで本を完成させたキロク 水森 凪 @nekotoyoru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます