風見鶏高等学校の日常のようです
卯月 あかり
第1話
春はほがらかに、すべての物事が始まる季節と言われている。
新学期、新生活、新年度、そして――。
県立風見鶏高等学校。
一学年180人ほどの、ごくありふれた高校である。
「ははは、吉田さんは本当に面白いね。良かったら、今度遊びに行かない?」
「えへへ。じゃあ、今度の土曜日ね」
「嬉しいな。そうだ、映画とかどう? 今やってるやつ、観てなかったら一緒に行きたいな」
仲睦まじそうに笑顔を交わす男女を、遠くから見つめる男子生徒が3人。
太陽の光が柔らかく差し込む窓際の机のまわりに、たむろしていた。
「……彼女っ――」
「おい、やめろ」
「それ以上は!! 言っちゃならねえ!!」
短く刈られた黒髪をガシガシとかきながら、友人の言葉を上書きする男子。
彼の名前は『
「……ごめんだから」
「気をつけなさいよ、まったく……。
……でも彼女って、やっぱり欲しいよね」
「あれえええええ!? さっきの自分の言葉思い出してえええええ!」
口をあんぐりと開け、驚きの表情を見せるのは『
イチロウの唐突な発言にツッコミを入れている。
茶色がかったショートレイヤーの髪が、窓から入ってくる風でさらさらとなびく。
「何よりも許せないのが……。
『映画を観終わったら、新しくできた喫茶店とかどうかな?』って……。
そのお店は僕たちが土曜日に行こうとしてたんですうううううう!」
『
黒のセンターパートがねっとりと額に張り付いていて、卑屈さを加速させている。
「パフェが美味しいって聞いてたのによおおおおお! 被ったらあまりにも悲惨だああああ!」
「えええええ!? 俺、誘われてないんだけど!?」
「そりゃ誘ってませんからねええええ!」
「ふざけんなあああああ!」
「それはこっちのセリフだ。あんな可愛い幼馴染がいて、俺たちと何をしようってんだ」
「それとこれとは全く別の話だから……」
そんな話をしている三人に、近づくひとつの姿。
少し短めのスカートが、ひらひらとたなびく。くりくりとした目は、リスやフェレットのような小動物を思わせる。
「猫田くん、次の委員会までにいろいろ準備することがあるみたいだから、連絡しやすいようにLINE交換しとこ」
「あ、はい、椎奈さん」
「じゃあ、ちょっとスマホ借りるね」
「ん、じゃあよろしくね。また明日」
そう言って、ポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら立ち去っていった。
「……」
「……」
「……え!? 委員会入ってたんですか!?」
何も聞かされていない、と言わんばかりの表情でイチロウに食ってかかるアラタ。
「へへ、クラスマッチ実行委員会に」
「お前マジでふざけんなよ」
「ちょ、口調、怖いから!」
「クラスマッチ実行委員って、そんな女の子とLINE交換するような楽しいイベントがついてくるんでしたっけ!?」
「男女一人ずつって言ってたから……。どうせ寝てたんだろ」
「椎奈さんが女子で立候補した瞬間に、オレも立候補してやったぜ」
ペットボトルのジュースを一口飲み、してやったり、という表情を見せるイチロウ。
「ああ畜生僕もLINE交換ちたいいいいいい!」
「ちたい!? ……っていうかクラスのグループLINEあるんだから、そこから友達登録すればいいでしょ」
「それだと一方的になるじゃないですか! 僕は心を通わせたいんです!」
「気持ちわりいいいいいい!」
絶叫するアラタと頭を抱えるシュウゴを見ていたイチロウが、二人に向かってスマホの画面を見せる。
「椎奈さん、LINEのアイコンが犬なんだけど、これってやっぱり飼ってるのかな? オレも飼われたいな」
「「知らねー(よ)(から)!!」」
頭を抱えて絶叫するアラタ。
頭の中で妄想が止まらないイチロウ。
そんな二人を見て、頭を抱えて震えるシュウゴ。
そんな三人に、一人の生徒が髪を掻き上げながら声をかけてきた。
「うるせえなあ。何話してんだよ」
「出たああああああ!」
「うわああああああ! 化けm…森本さんだああああああ!」
「おいちょっと生形、お前今何言いかけた? コラ」
「森本さん」とアラタに呼ばれた女子は、むっとした表情を見せた。
黒のウルフスタイルの髪に、きりっとした眉、琥珀色の眼差し。なんとも男勝りな印象が漂っている。
「そ、そうだ。森本さんに聞けばいいよ。ほら、女子……?だから」
「疑問符つけんなああああああ!」
「……」
「猫田、スカートをじっと見てんじゃねえよ。下の名前も“マナミ”だし、れっきとした女だよ!」
応酬がひと段落したところで、マナミがシュウゴに問いかける。
「……で、何をそんなに騒いでたんだ?」
「ああ、実はLINEを交換してほしいっていう話で」
「なんだ、そんなことか。アタシのでも大丈夫か?」
そう言ってポケットからスマホを取り出すマナミ。
しかし、対面にいるのがアラタだと気づいた瞬間、その手が止まった。
「……え? お前が欲しいの?」
「……」
無言で頷くアラタ。
「っはは」
乾いた笑いをこぼすマナミ。
「誰かあああああああ! 生形とLINE交換してやってええええええ!
誰か……誰……。嘘だろ、他の女子が一斉にスマホを隠しだした……」
「僕は貝になりたい……」
「やめてあげてええええええ! 普通に断るよりダメージがデカすぎるから!」
少し困ったような表情を浮かべて、マナミがスマホを改めて取り出す。
「……ほら、アタシので良かったら……友達交換するからさ」
「嫌々するんだったら、結構ですけど……」
「い、意外とプライド高いなコイツ……。断り方がうぜえ……」
わいわいと騒ぐ四人。
その後ろから、先ほどイチロウとLINEを交換していた女子――椎奈さんが姿を現した。
「あ、尾田巻くん、生形くん」
「リン、どうしたんだ? ちょっと今取り込み中で」
椎奈さんに気づいたのだろう、マナミがそちらへと振り向いた。
「さっき聞きそびれちゃったんだけど、二人とも友達交換しておきたいなって」
「俺はいいけどアラタg「喜んで繋がりましょう。あなたと私のオーバーレイ・ネットワーク」」
「うわ! 急に元気になった上に、意味わかんないこと口走ってて気持ち悪いから」
「……あれ? これぶん殴る権利あるよねアタシ」
アラタ、シュウゴとLINEの友達登録を行い、スタンプでメッセージを送りあう。
「じゃ、ありがとね二人とも」
リンがスマホをポチポチと打つ指先を、アラタはじっと見つめていた。
「……えんじぇる」
「あっ、今鳥肌すごい」
「流石に国が手厚く保護すべきだと思うから」
ちょうど見計らったかのように、学校中のチャイムが鳴り響いた。
少し遅れて、外からも聞きなれたチャイムの音が聞こえてくる。
「5時ですか。そろそろ帰りましょう」
「もう帰るのか?」
帰り支度を始めたアラタに、首を傾げてマナミは尋ねた。
少しマナミが遠くに目を向けると、リンも同じように荷物をまとめているのが見えた。
「まあ、今日は塾もありませんし、まだ日が沈むのもちょっと早いですからね」
「確かに、それもそうだな」
「あとは運動部とも鉢合わせてしまうので。
奴ら部活に入っていない奴らが遅くまでいると、『居残って勉強って大変だよな。お前らよくやるぜ』って、ただ居残ってるだけの僕に対して話しかけてくるんですよね」
「卑屈すぎる……。そいつ只のいいやつじゃん」
「まあ、早く帰るに越したことはないから」
話しながら教室を出ようとする五人。
「そういえば、椎奈さんって帰り道一緒だっけ?」
「いや、わたしは電車通学だから駅のほうだよ」
「実はオレも、電車通学だったんだ」
「いやお前は俺らと一緒でチャリ通だから」
「電車でそのまま海の方まで逝ってしまえばいいんですけど」
「生形の言うことに生まれて初めて同感だと思った気がする、アタシ……」
オレンジ色に染まる廊下を、並んで歩く五つの影が通り抜ける。
ほがらかに、楽しそうな笑い声を響かせて。
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