第二部:筋肉統一への序曲、経済と知略の布石
第13話:経済の筋肉、塩の道と武田への布石
桶狭間の戦いで織田信長を配下に加え、今川義元の「筋肉理論」は、今や今川家臣団だけでなく、尾張の旧織田家臣たちにも浸透し始めていた。清洲城の評定では、義元の指示により、日々の鍛錬の成果が熱く語られるのが常となっていた。
だが、義元の目は、既に天下の経済へと向けられていた。彼は、遠江を流れる天竜川の治水事業や、駿河の商業改革を着実に進めながらも、日本全土を支配するための「見えざる筋肉」、すなわち経済の力を盤石にすることを使命としていた。特に、内陸国である甲斐の武田家が、塩の供給を海を持つ今川に依存しているという史実の知識は、義元の脳内で「巨大な戦略的優位性」として輝いていた。
清洲城の、とある一室。義元は、軍師の竹中半兵衛と、黒田官兵衛を前に、地図を広げていた。二人の天才軍師も、最近では義元の「筋肉理論」に染まり、暇さえあれば陣幕の隅で黙々と「地面に手をついて身を押し上げる鍛錬」や「膝を曲げて腰を落とす鍛錬」に勤しんでいる。彼らの体も、以前より確実に引き締まっていた。
「半兵衛、官兵衛。貴様らは知っておるか? 『塩』が、人の命を支える最も重要なものだということを」
義元の問いに、半兵衛が冷静に答えた。「ははっ。塩は、兵の疲労回復に不可欠であり、民の食生活を支える要。その重要性は、当然承知しております」
「だが、その塩が、戦においてどれほどの力を持つか、貴様らは真に理解しておらぬ」
義元は、そう言い放つと、自らの隆起した上腕を指さした。その筋肉は、夜の陣幕の蝋燭の光を反射して、硬質な輝きを放っていた。
「良いか。戦は、兵の肉体と、武器の数だけで決まるものではない。経済は国の筋肉だ。そして、その筋肉は、他国の生命線を握ることで、最も強靭となる!」
義元は、地図上の駿河の沿岸から、甲斐へと続く「塩の道」を指し示した。
「これより、駿河・遠江・三河・尾張の沿岸塩田を、全て今川幕府の直轄とする。塩の生産と流通を完全に管理し、『塩の専売制』を敷く!」
半兵衛と官兵衛の顔に、強い衝撃と感嘆の表情が浮かんだ。彼らは、義元の言葉が、単なる経済論に留まらず、「武力を用いずに敵を屈服させる」という、戦国の常識を超えた「究極の戦略」を意味することを瞬時に理解したのだ。
「なるほど……塩は、武田が渇望するもの。それを今川が完全に握れば……」官兵衛が呟いた。
「そうだ。武田は、海を持たぬ内陸国。塩が止まれば、たちまち兵も民も飢え、国が麻痺する。これこそが、『経済の筋肉』による戦いだ!」
義元の瞳には、「無益な血を流さずに天下を統一する」という揺るぎない価値観が輝いていた。それは、転生者として彼が目指す、究極の理想の形だった。
半兵衛は、静かに頷いた。彼の胸には、義元の「常識外れの経済的発想」と、「筋肉という異形の理屈」が、見事に融合している様が強烈な納得感となって感情を膨らませる。官兵衛もまた、義元の戦略の深遠さに畏敬の念を抱いていた。彼らは、義元の「筋肉理論」が、いかに戦国の世を変えうるかを肌で感じ始めていた。
「では、半兵衛。これより、甲斐への塩の流通を、段階的に制限する準備を進めよ。官兵衛は、武田家中の動向を探り、最適な交渉の時期を探れ。武田信玄が、塩を求め、この今川の前にひざまずく日を、楽しみに待つとしよう!」
義元の高らかな声が、夜の陣幕に響き渡った。今川は、その見えざる「経済の筋肉」を鍛え上げ、次の天下統一への一手を、静かに、しかし確実に打ち始めたのだった。
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