この命が尽きても、竜と生きていたい。
佐久田 司恩
第1話 嘘みたいな日の、本当の話
雷鳴がとどろき、激しい雨に見舞われる。川の水が溢れんばかりに波打つ様子に、すっかり腰を抜かしてしまった子供一人。
雷が降ってこないことを祈りながら、大木の根にしがみつくので精一杯だった。
そして強い光がまた空に一筋の線を作る。再び大きな雷鳴が聞こえるかと身構えるが、予想していた音は聞こえない。恐る恐る木の陰から出て、光の線が見えた方向を見た。
時が止まる。
僕の目に映ったそれは、気高く美しい二つの眼をもった、竜だった。
「……あっ。」
すぐに遠くの空へと消えてしまうそれを、見えなくなったあとでも、僕は目を逸らせなった。雨がやみ、家に無事に帰ることができたあとでも、その光景が頭の中から離れない。
心に残る思いはただ一つ———あの竜にまた会いたいと。
年に一度、新年を祝うため、小さな集落や村が集まる祭事がある。開催されるのは明日だが、兄弟四名は一足先に会場へと向かっていた。
理由は、至って普通、男の欲にまみれたものである。
「聞いたか?この奥に暮らしている女がとびきり美人らしいぜ。」
「あぁ、知っている。なんでも、どこぞのお姫様だっていう噂もあるぜ。」
「だが、この山に化け物を見たって話もある。」
「まさか、そんなのでたらめに違いねぇ!」
「それもそうか!」
笑い声をあげながら、草木を踏み荒らして進んでいくローラン兄さんとドミニク兄さんの足取りは軽い。
それはそうだ、だって俺は自分の荷物だけでなく、あの人たちのまで持っているのだから。
自分含め、三人分。ゼルコバ兄さんだけは自分で持つと言ってくれたけど、身の丈以上に積みあがったそれらは背中に重くのしかかる。
「ねぇ、待って。休ませてよ…。」
前を歩く兄たちの背中が徐々に小さくなるのを見て、思わず声をかけた。なるべく大きめの声でいったのだが、その呼び声も虚しく、自分たちの話に夢中で気がつく様子はない。
美人がいるっていう噂だけで、休みの日にこんな山道歩かされるのってついてないな。母さんから皆で一緒にって言われて、しっかり返事していたのに。
……やっぱり、あいつらと一緒になんてくるんじゃなかった。
先導する彼らを見失わないようにしなきゃと、息を切らしながら必死に登る。
ふと、木の上にとまる鳥が目に入る。光の当たる角度のせいか、羽がきらきらと輝いて見えた。見たことない種類だと、僕の足も止まる。
「おっ、珍しい色した鳥じゃん。」
「石ぶつけたら、落とせるか?」
「おい、よせよ。」
「とか言って、お前も乗り気なくせに。」
「おい、早く投げようぜ。」
兄たちもあの鳥に気が付いたようで、話の内容にまさかと思った。外れてほしかったが、ローラン兄さんは道端に落ちていた石を拾い上げ、それを投げようと構える。
僕は息を大きく吸い込み、
「わっ!!!!」
と叫ぶ。すると、鳥は異変を察して、空へと飛び去っていった。良かった、あの子が怪我をしなくて…。
額に強い衝撃が走る。
驚きと共に、何が起きたかと思えば、床に落ちた小石。そして鋭い痛みと触ったときに付着する血。誰がやったかは明白だ。
「よっしゃ~。俺のコントロールみたか?」
獲物を取り逃がしたとして、兄達は標的を僕に向けた。その中の一つが直撃し、きれてしまったからか血が流れる。
当たったことに彼らは喜びの声をあげると、また当てるとして今度は全員で投げることになった。
「わざわざ親切心で連れてきてやったってのに、邪魔するなよ!」
「よけんじゃねぇよ!」
次から次へと投げられる石を避け、引き留める声を振り払い逃げる。このままではもっとひどい目にあうと経験から知っている身体。
しかし焦りからか、足がもたついて、段差につまずいた。そのまま顔面から崩れ落ち、荷物も地面に散乱する。
「つぅ、痛い…。」
反射的についた手の平には擦り傷が、立ち上がろうにも膝にも痛みが走って上手く起き上がれない。傷を確認したら、ますます痛みが増してきた気がする。
悔しさと惨めさから前歯で唇を噛む。
いっそ、山の中に消えてしまいたいという衝動にかられ、立ち上がり、あいつらと自分の荷物をほっぽって、藪の中をかき分けて、山道から外れて目的もないまま進んだ。
どうせ、僕なんていてもいなくても変わらない。誰も心配何てするものか。
帰り道も分からないほど山の深くへと入っていくが、僕は激しい感情にかられるまま、歩いていると、足元が少し湿った感覚があった。
「こんなところに水が?」
滝や川が流れているのだろうか、もしそうなら傷を洗わせてもらおうと決め、俺は水が流れてきた方向を辿っていくことにした。足元に注意を向けながら歩いていると、目の前に水たまりが現れた。
突然のことで回避する間もなく、それを踏むと、空気が一気に涼しくなるのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます