第7話 亀裂

 夏休みが終わり、新しい2学期が始まった。


 登校初日、教室に入った私は、クラスメイトたちのざわめきに気づいた。彼らの視線は、一人の女子生徒に集中している。


 そこにいたのは、あの野暮ったいメガネを外した橘さんだった。


 私は、その姿を目にした瞬間、息を呑んだ。

 艶やかな黒髪はそのままに、透き通るような白い肌、そして吸い込まれるような大きな瞳が、何の遮りもなく露わになっている。猫背気味だった姿勢も直っており、小柄な割に大き目の胸が主張するようになっている。制服を身につけているのに、まるでモデルのようなオーラを放っている。以前の地味で大人しい雰囲気は影を潜め、自信に満ちた、輝くような笑顔を浮かべている。


「え、あれって橘さん……?」

「うそだろ、別人じゃん!」

「めちゃくちゃ可愛いんだけど!」


 クラスメイトたちの驚きと感嘆の声が、あちこちから聞こえてくる。

 男子生徒たちは、まるで獲物を見つけたかのように、橘さんの方に視線を向けていた。


 彼女の周りには、自然と人が集まり、まるで太陽のようにクラスの中心に溶け込んでいく。

 私が知る、あの大人しくて、いつも隅で本を読んでいた橘さんの姿は、もうそこにはなかった。


 真吾くんも、橘さんの変貌に目を丸くしていた。そして、すぐにその顔に、以前とは違う、ギラついた色が浮かんだ。真吾くんの視線が、橘さんの顔と胸を往復し、薄笑いを浮かべている。


「おい、橘。お前、いつからそんなに可愛くなったんだよ?」


 真吾くんは、私の隣にいるにも関わらず、平然と橘さんの席に近づいていく。


「この前のテスト、すごかったな。俺も教えてほしいんだけど、今度一緒に勉強しないか?」


 真吾くんの声は、まるで私という存在が見えていないかのように、橘さんだけに向けられていた。


 彼のそんな行動を見るたびに、私の胸には、嫌悪感が渦巻いた。真吾くんは、私の恋人なのに。私の目の前で、他の女の子に、しかもあんなに堂々とアプローチするなんて。


 橘さんは、そんな真吾くんの誘いを、冷静に、そしてきっぱりと断った。


「佐々木くん、ごめんなさい。私、秋原くんと勉強しているので」


 橘さんが優斗くんの名前を出すたびに、真吾くんの顔には、苛立ちが浮かぶ。彼は、それでも諦めようとしない。


 そんな真吾くんの隣で、私は何も言えなかった。

 私の優越感は、真吾くんのそんな態度によって、少しずつ、しかし確実に崩れ去っていった。


 そして、優斗くん。 彼は、橘さんの隣で、誇らしそうに微笑んでいた。

 橘さんが真吾くんの誘いを断り、自分とだけ一緒に勉強するのだということを告げた時、優斗くんの顔には、確かな喜びが浮かんでいるのが見て取れた。

 彼もまた、以前の地味な印象はどこにもない。髪型も垢抜けて、自信に満ちた表情で、堂々と振る舞っている。彼がクラスメイトから「秋原、かっこよくなったな!」と声をかけられているのを見ると、私まで複雑な気持ちになった。



 私と真吾くんの間の亀裂は、回復不能な状態になりつつあった。


 真吾くんは、相変わらず私の隣で自信満々でいるけれど、その自信の根拠が、以前ほど確かなものには思えなくなっていた。

 彼の言葉も、行動も、どこか子供っぽく見えてしまう。

 それに比べて、優斗くんは、私たちが知らない間に、こんなにも成長していたなんて。


 私は、どこで間違えたのだろう。

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