3話 鏡貝
「スーラって、知ってたりします?」
嬢ちゃんが切り出した、談話室での会話。
聞き覚えがあるような、ないような名前に頭を捻る。
正確には。
聞き覚えはある。
が、見覚えがない。
文字で、見覚えがないのだ。
けれど、
「……召し使いだ」
溢した言葉に、またしても嬢ちゃんと看護師が目を合わせる。
「「……あっちだ」」
「あっち?」
嬢ちゃんはスマホを操作して、ゲームの公式ページを見せてきた。
資料として渡されていた、見覚えのあるもの。
「え?何このページ?」
看護師が素頓狂な声を上げる。
「セイレン様を攻略すると、クリス家…じゃなくて、メルクリオス一家の特別ページをみられるパスワードが出るんですよ…志山さん、まだ、攻略できないんですか?」
「…ぐっ、こちとら
……イベントで、吐血。
耳が痛い。
「その節は迷惑かけたな。有難う」
と、せめてものサービスを気取ってキャラ寄りの声で詫びを入れる。
…何故、嬢ちゃんの方が感極まっている?
「勢雄さん…!しゅき…!!」
「「オッサンなのに?」」
「志山さん!ひどい!勢雄さん!自分の事を卑下しない!良いものは良いんです!!」
俺にこんなファンがいるとは知らなんだ。
「本人の前で言うな!小っ恥ずかしい」
「あ、私ここで遊んでられないのよ。午後からオペあるのよ。もういくね」
看護師の方はさっさと談話室を去っていく。
「またね~」
「で?あっちてなんだ?」
看護師を見送る嬢ちゃんに問う。
「……それ、聞いちゃいます?信じられない話なんですけど」
「?なんだ?ゲームにでも入ったか?」
「うお!いきなり確信!全然オッサンじゃないないですか」
「流行りだろ?そういう話」
「あたしですね。入学式の朝に骨折して入院したんですよ」
「ん?てことは、10日位前か?俺が運ばれた2日前?」
「ですね。で、ボルトが細くて長いらしくて、特注だったんですよ。それで、すぐ手術はムリって言われて、月曜日まで──3日放置でした」
「あー……日曜挟んでたか。そりゃ仕方ないな」
「で、その3日間を、あたしはクリス様攻略に捧げたわけですよ。打倒・クリス様!って」
「……格闘ゲームだったか?」
「乙女ゲーですけど!?」
「…………」
「で、無事クリス様を射止めたのが日曜日の夕方。長かった、苦しかった…!」
「日曜の?夕方?」
「と、同時に明日の手術に向けての絶食が始まったわけです」
「俺が血、吐いた頃か?なんとも奇妙な偶然だな」
「運命ですかね」
「…お前、オッサンと運命で嬉しいか?」
「瀬尾さんなら」
「止めとけ」
ったく、この小娘は屈託無くスキスキいいやがる。
勘違い野郎に食われるぞ?
「ま、それでスーラです」
「あ、はい」
「スーラって多分あたしなんですよ。……ですよね、痛い子ちゃんですよね。分かります」
「あ…いや、じゃあ、君は?」
「あたしの子…の、為に整えた世界じゃないかと思うんですよ……だから!痛い子に見えるのは分かりますって!あたしがそう思うもんっ!」
「根拠は?」
と、見れば嬢ちゃんがみるみる赤くなる。
さっきまでとは打ってかわって、話しにくそうだ。
「あたし、子供どころか、男の子とも付き合ったことないのに」
「処女か」
「まーそーですけど!子供生んで死んだんですよ!!で、手術が終わってた!」
「夢?」
「切れかけかもですけどね。えらくリアルで、苦しくて、悲しくて」
「…難産…だったからか…?」
「ですね。生まれてしばらく、産声が聞こえなかったし。でも…お乳をあげた時の、なんかほっとするような…安心感?で、夢の中で意識失っちゃった」
召し使いの難産。
「見学する子供」
「ええ、セイレン様が見学されました。自分の物の様に愛しげにされてましたね」
「なんだ?俺もその夢を見たって事なのか?」
「それは知りません。あれがなんだったかなんて分かりません。でも、志山さん、セイレン様に会ったらしいです」
「はい?」
随分と間抜けな声が出た。
会った?
「ここに…あたしが生んだ子がいたみたいです。セイレン様が迎えに来たって」
言葉が見つからない。
迎え?てことは?
「その子は…?」
「亡くなったらしいです。志山さんが担当してて。木曜の朝、だったかな?」
「あ、ああそのくらいに誰か亡くなったって噂してたかな?そっか…」
「信じるんです?」
「嘘なのか?」
「…正直、わかんないです。夢なのか、現実なのか…あたしには…そりゃ良いことばっかりじゃないけど、ここじゃない何処かへ行ってまで叶えたい何かは無いし」
「若いな。良いんじゃないか?どっかで叶えても嬢ちゃんの“夢”じゃないって事だろ?」
「そう!生きてれば、こうして勢雄さんとお話も出来るわけですしね!ただ、夢のような世界とはいえ、お乳をあげた子が幸せなら良いなぁて、思うのですよ」
うんと、集中してみる。
あれは、多分痛みの中で見ていた情景だ。
どこまで見た?
「召し使いが生んだ子。俺が名前つけて、育てて…怪我して、泣かなくて…ああ、何か凄い仲良い兄妹だった気がする、ぞ?」
いろいろ端折って伝える。
兄の方が殺しとか言わんでも良いだろ。
「なら、志山さんも殺された甲斐があるってもんです」
「殺されたって…あ、あの少年?!」
「ん。志山さん、あたしが手術した日にあっちで殺されたんですって。ま、それはそれでゲーム通りなんだけど」
「はあ…だから、消えたのか…因果ってやつなのかね?」
「どうなんですかねー。て、勢雄さんもあっち行ってたんですかね?」
「俺のは、見てたって感じかな?クリスの目線で追ってただけだ。だから、資料で見たのか、イベントの一貫なのか、……夢、なのか。自信がなかった」
「ちゃんとお仕事してくださいねーあー!イベント!!行きたかったな!」
「俺が口きけるやつなら、サインくらいもらってやるぞ?」
……なぜ、睨む?
「だーかーらー!言ってるじゃないですか!あたしはクリス様推しで、勢雄さん推しなんです!て!!」
……そうだな。最初から言ってたな。
「有難うな。もうちょっと頑張って仕事してみるか」
「胃潰瘍になるくらいなら、ムリに人前に出なくても良いじゃないですか?そりゃ、歌ってくれたら嬉しいけど」
「老体に無茶言うな。ま、徐々にな」
「やた!あたし勢雄さんの歌、好きです!」
「……お前、いくつだよ」
「十五歳ですよ?」
………子供…孫でも、おかしくないぞ?
「あ!リハビリ行かなきゃ!じゃ!またおしゃべりしましょ?」
「ああ、またな」
奇妙な縁だな、と思うが、
人生、そんなことがあるのもまた一興。
一筋縄でいかないなんて
役者冥利に尽きるってもんだ。
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