4話 これ、漢字じゃね?

あたしはラウノ君の顔を見た。

「しやまふうか?」

 ラウノ君はあたしの両手を、はしっと握る。


 ラウノ君の肩の向こうに、イーラさんがあたしたちを微笑ましく見ていたので、内緒の話をするべく、その手を引いて書庫へと案内した。


 扉を閉めて、一息着く。

「あなたは、にほんじんなのですね?」

 ラウノ君は一瞬ぽかんとしたが、ああと頷く。

 あ、三才児ですので呂律が廻ってないのは許してください。

「ミリア様にも日本人なのね?」

 と聞いてきた。

「らうのくんのなかのひとは、じょせいのかたなのですか?」


「取り敢えず自己紹介するね。この世界ではラウノ。十歳。ゲームでは名前も出てこないモブの筈なんだけど…この後……というか妹が……や、中身は志山風花。看護師やってる二十四歳。」

「このせかいはげーむなのですか!」

「知らないの?」

「しりません!」


 ラウノ君は考え込んでいる。

 つうか、不穏なワードがありませんでしたか?

「聞きたい?」

 こくこくと頷く。


「あなたは何時いつからこの世界にいるのかしら?」

「かーちゃんのおなかのなかからです!」

「え?」

「うまれるときからです。」



 ラウノ君―――志山さんの話では、この世界は、乙女ゲームというか、恋愛シュミレーションと言うか、育成シュミレーションらしい。

 女の子を育てて、様々な結末を迎えるモノで、定番といえば定番だけど、乙女ゲームと言うには育成にも重きがあり、選択肢次第では攻略対象者と出逢うことさえ出来ないとのことだ。

 まあ、ありがちだよね。


「…ぷりめ…」

 昔やったゲームを思い出し呟いた。

「何、それ?」

 知らないか。そうだよな、二十四て言ってたっけ。

 昔のゲームって言うと

「中の人、結構年いってる?」

 あぐっ。

「………おーばーごじゅうですぅ………」

「あら、お姉さんだ」

 良い子だ!倍以上のおばさんをお姉さんと呼んでくれる!

 今度はわたしからラウノ君の手を握ってみた。

 クスッ、とラウノ君に笑われた。


 けれど、その笑顔がすっと消えて困った顔になった。

「どうしました?」

「や、言いにくいなあと思って」

「わたしがいきてることですか?」

「あれ?なんで?」

「しやまさんがさっきいいましたよ」

「言ったっけ?」

「ゆいました!」

 てへと舌を出す。

 モブでも可愛いな、おい。


 にーちゃんは攻略対象者の一人らしい。

 まあ、そうでしょうね。

 解ります。

 あの美人っぷりは。

 キラキラエフェクトは伊達じゃなかった訳ですね。

 で、その中でもにーちゃんは、なかなかの難攻不落なキャラらしい。

「なんで?めっちゃやさしいよ?」

 それなんだけどねと、話しを続けた。


 セイレンは妹を産んで、亡くなった母をこよなく慕っていた。

 母の命を奪って産まれた妹を、次第に憎むようになり、手にかける。

 その後、罪悪感と開き直りから、銀髪を赤く染め、家出して、貧民街で荒んだ生活を始める。


 そんなセイレンを射止めるには、

一、先ず世界の経済を破綻させ、

ニ、貧民街を出現させ、

三、彼と出逢い、

四、交流し、

五、貧民街から連れ出し、

六、教育を施し、

七、紳士として洗練、

させなければいけないらしい。

 ここまでで、早くても五周はしなきゃらしい。

 開放条件が蓄積型なのねん。


 てか、

「…いまのおとめげーて、そんなめんどくさいの?」

「や、セイレン様が難しいめんどくさいの」


 他のキャラに関しては、何かに打ち込むことで出会い、良い感じになるらしい。

 にーちゃんに対極するメインの王子様は、流石にバランス良く育成しなければならないらしいけど。

 王子様ということは王国なんですね、ここ。

 と聞くと、そういう事ではないらしい。

 どういう事だ?


 統治者がいない、この世界で王国を作りあげることで、初代王となるらしい。

 すげーな、おい。

 地道に一周一人ずつ攻略しなくてはならなくて、王子様でも三周は必要だと。


「にーちゃん、かくしきゃらてやつ?」

「や、隠しは別にいる。セイレン様のお父様」

 まじでか!

「セイレン様でベストエンディングを迎えないと出てこないから」

 はう。そうか。

 何てやり込みゲーだ。


「!て、わたしはしんでいるのですか!」

 ラウノ君はこくこくと頷いた。


「おおけがは、したことがあるのです」

 と、前髪を上げて傷を見せる。

「あら、中々大きな傷ね」

 そっか、看護師さん。

「でもキレイに処置してある。そのうち消えてなくなるわ」


 あ、良かった。

 にーちゃんにもメイドさんにも悪いから早々に消えて欲しいんだよね。

て、言うと、

「イイコだなー。だからかな?物語が変わってるのは」

 イイコって、何だか照れ臭くなった。

「としだけはとってるから!」

 と、自分をフォローしてみる。


 ラウノ君は目を点にした後、ケタケタと笑ってくれた。

「よろこんでいただいてこうえいですぅ」

 火に油を注いだようだ。

 ラウノ君笑いすぎ。


「で?にーちゃんはあかいかみなのですか?」

「そうよお。血のように紅い髪。荒んだ目。それがゲームのセイレン様」

「にーちゃんはぎんのかみにみどりのめです」

「お父様と同じなのね。でもそんなセイレン様はゲームには出てこない」

 全くもってゲームとは違っているらしい。


 ついでなので、主人公ヒロインについても聞いてみた。

「黒髪の子ね」

 て、それだけ?

「それだけ。乙女ゲーだからね」


 それなりには可愛いらしいけど、あまり性格付けがされてないらしい。

 乙女ゲーあるあるですね。

「そのうち、そうぐうしますかね?」

「どうだろ?変わってるからねー。主人公はセイレン様と出逢っても気が付かないかも」


 ほう。

 って、あれ?

 何で安心するの?


「セイレン様が好きなのね」

「だいすき!めっちゃきれい!めっちゃこのみ!おし!」

 ラウノ君に呆れた顔された。

 何で?


 ゲームの世界だけど、元のゲームとは別世界みたいだから、好きなように行動すれば良いと思うよ。

 と、言われた。

「しやまさん、おとな」

「あなたの方がお姉さんじゃない」

 そうでした。


 ついでのついでなので

「しやまさんのしいんはなんですか?」

 と聞いてみた。

 ラウノ君はじっとわたしを見詰めた。

「それなんだけどね。きっと死んでないと思うんだ」

 何ですと!


 なんでも、志山さんがラウノ君になったのは二日前らしい。

「ふつかまえ?」

 不規則な勤務時間の看護師さん、どうしてもの時は睡眠導入薬を使用することもあるらしい。

 けど、用法用量を間違える訳がないと。


 それに。

「イチオシのセイレン様、まだ、落としてないからね」

 だと。

 自信の持ち方スゴいな、て言うと

 あなたは?て聞かれた。

 アルコールで鎮痛剤を服用しました。と、正直に告げたら

「馬鹿」

 と、一刀両断でした。

 はい。反省してます。


 そんな風にラウノ君と書庫で半日を過ごしていたら、にーちゃんが帰ってきてた。

 三ヶ月ぶりのにーちゃん。

 あの日から、急に抱きつくのは我慢してるさ。


「おにいさま。おともだちのらうのくんです」

 と紹介したら、ラウノ君固まってる。

 そうだろう、固まる美しさだよな。

 推しだしな。


 ?

 にーちゃんから寒々とした気配がする。

 ?

「そう」

 と、にーちゃんからは無愛想にそれだけ言い放った。

 志山さんは、にーちゃん推しなんだから、もうちょい愛想良くしなよ。

 けど、志山さんは紅い髪のセイレン推しなのだから、違うのかな。


「じゃあ、今日はボク帰るね」

「ん、またね、らうのくん」

 と言うと、別れ際にラウノ君にそっと耳打ちされた。

 気を付けてね、て。

 何を?


 次の日、ラウノ君は来なかった。

 その次も来なかった。


 学校が休暇中のにーちゃんがあそんでくれるけど。

 久々のヲタトークが繰り広げられないのは、それはそれで寂しい。


 これ、フラグじゃね?


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