第9話 次のバンドとか

そんな中で、唯一会ったのが、サークルの友達で、皆んなでいきなり家に来たりした。

で、成り行きで、バンドを組むことななった。

キーボードが上手いのは知れていたし、コピーバンドを組むのに、よく呼ばれたりした。

スカパラや、バックホーンとか、ホーンバンドのバックもやった。


誘われてのは、オリジナルをやりたいヤツらだった

同じ学年で、ドラムとギターは1番手。ボーカルは、まずます。

ベースは他に、上手ヤツがいないから、お前弾いて。曲も書いてってことだった。

このバンドに、良いベーシスト探してきて、僕がキーボードに回ったほうが、結果良かった気はする。

が、頭は回らないし、体調を考えたら、やれるのか?だけど。

そして、4人いるのに、バンド名は何故か3に関係する名前だった。

3人で決めてたか?

後は、僕が入るか?入らないか?


前回のバンドで、懲りたのはある。バンドは楽しいし、達成感はある。

でも、足並みが揃わない、力量が揃わないと、上手くいかないことを、実感してた。

「お前らプロになる気あるの?」それは聞いてはみた。

3人はとりあえず「なれたら嬉しい」とは答えた。本気か?とは思った。

プロになるためには、遊んでる時間は無いし、本来なら僕のような病人は、入れたら負担になるだけ、なはず。

多分、口先だけなんだと感じた。


でも、体調が最悪の僕を入れたいと、誘いに来てくれた気持ちは、わかったし、嬉しかった。

バンドは、皆んなに付いていけなくても、飛び出しすぎても、そいつが離れるしかない。

ある意味、多数決の集団、常に多数決をするしか無い、そんな人間関係だ。

3人時代に考えた名前を、気に入ってるから、使うとか。

僕は名前なんか、どうでも良かったけど。トライブスは、3のトライから来ている、


僕は入学してすぐ、ネットでキーボードを募集してる人たちに、連絡してみた。バイトを兼ねて、幾つかバンドには参加した。

どこも、キーボードが、不足していたからだ。

ギターは大学から始めても、必死でやれば、何とかがなる。ベースもドラムも、どれだけ必死かによるけど。

キーボードだけは、ずっとピアノがエレクトーンをやっていないと、指が動かないから、なかなか難しい。


おまけに、一生懸命にやった人ほど、ポップスや、バンドはやりたがらない。

もうクラッシック命になってる人が多い。

男が人数も少ない。女子は男子だけには、入りたがらない。

故にキーボード弾きは、需要は高い。


最初にやったのは、オリジナルもやるバンド。曲はギターが作っていて、アレンジがしょぼい。練習1回目で、すぐにわかった。

彼のオリジナルを気に入ってくれた、健康食品、つまりサプリのメーカーが、テーマ曲にしてくれるかも?と話は聞いていた。

が、こんな曲で、タイアップ出来ても、先は無いことも、アレンジさせられるのも嫌だったから、ライブ2回で約束通りに抜けることにした。

僕の曲を、タイアップ曲にするとか、色々と引き止められたけど、演奏が下手だし、タイアップでもショボ過ぎるから、お断りした。


2年からは、トライブスの活動に時間を使った。1学年下にドラムがめちゃくちゃ上手く、ボーカル女子さんかなり上手い子が入って来たけど、もうバンドで固まっているから、再考はしなかった。


曲作りを久しぶりに始めた。

が、この自律神経の病気や鬱になると、脳が変容したり、働きが鈍くなるらしいと、後にわかった。


これまで、「おならのうた」から始まって、転校する友達に曲を作ったり、様々作ったけど、曲が作れなくて、困ったことはなかった。

上から彫りてくる感じも、無くはない。

どちらかと言うと、どこかからの電波を受信するようなイメージ。

もちろん、いつ来るかはわからないから、宇宙だかどこかから来る、


歩いてたり、ふとした時が多い。

オマケに、1回に1度とは限らない。

同じメロディーや、サウンド込みの曲が、2曲とか3曲ごちゃ混ぜに鳴ったりもする。

形にして、外に出すと無くなるけど、出さないと、何ヶ月も仕上げないと、ひつこく鳴ってるのもある。


今、書くべき曲、描きたい曲が、受信されは無い。ランダムだから、作らないといけない曲と、混ざったりしと、脳みそが爆発しそうにもなる。

いつも降りて来る訳では無くて、2、3ヶ月、受信しない時も、ザラにある、

殆どの曲は自分が作りたいイメージがあって、サウンドを付けたり、メロディーをのせたりして作る。

今だと、オーダーがあるから、オーダーに合わせて考える。


が、今もそうだけど、脳が働かなくなると、1番出来ないのが、曲作り。確定申告の書類は作れるし、スケジュールや進行管理表を、組み直したりは出来る。

普通の仕事のメールも書けるけど、曲作りが進まない。

多分だけど、調子が悪いと脳のリソースが減る。曲作りは思ってたより脳のリソースが必要で、不足のままに続けると、はかどらないし、良い物も出来ない。

脳のスタミナがなくなるような感じなのか、内容はよくわからないけど。


このバンドはロックだから、ロックの曲を書かないといけない。

色々ななタイプがいるけど、僕はシンガーソングライターでは無い。

歌いたくも無いし、歌詞を考えるのは面倒くさい。

一部英語っぽい歌詞を書いて、オーストラリア人に、添削を頼んだりはした。

が、曲を作るスピードの5倍は時間がかかる。テキトーな歌詞でもそう。

考えてることはあるけど、伝えたいことはあまり?殆どない。

理系の作曲家に多いかは、わからないけど、歌詞が時間がかかり、出来もよくない。だから、やりたくない。

フレーズの繰り返し程度なら、良いけど、ちゃんと文章にするとなると、時間がかかる。

曲なら幾つか出来るのに、歌詞に時間を取られるのは、時間が無駄に思えて仕方ない。

だから、1番ヒマなボーカルに、メロディーに何か歌詞をのせろと、丸投げするようになった。

フレーズが浮かんだのは、そのまま伝えたけど。


曲は10曲以上出来た。

中から、6曲を選んだ。

ボーカルの声に合わないとか、リズムが複雑過ぎて、ドラムが叩けないとか。

色々削っていき、3年になる前の春休みに、スタジオでまとめて録音することになった。

ライブや対バンが、幾つか決まっていたから、音源も売ろうと言う話からだ。


体調は変わらず悪い。

家からライブ会場まで、キャリーで運ぶだけで、体力を使い果たして、頭が回らなくなり、忘れ物も増えた。

いくつ、スマホの充電ケーブルセットを、失くして買ったことか。


眠れてないから、脳が休まってないのは、当然だけど身体もキツイ。

本場まで、寝転んでうとうとしたりは、いつものことだった。

演奏は自分で作って、何回もやり直したから、間違えたりはしない。


この時期書いた曲には、今は何の感慨も無い。そんな状態で書いて、演奏したけど、特に思い出もなく、またあんな曲を作ろうって気持ちにも、ならない。

言わば、夢遊病者がやってた感じで、自分が書いたと言う、感じもしない。

悪くは無いけど、良くは無い。

今、僕が聴いたら、全部ボツ曲だった時思う。


3年の夏には、ドラムとボーカルは企業のインターンに行くと言いだした。

僕は1年の必修も取れずに、いつ進級出来るかもわからないのに。

プロとか言ってて、インターンに行く意味はある?と思った。


このバンドは.プロになりたいからと、僕を勧誘したのに、自分たちは就職なのかよ、と感じた。

確かにその2人は、厳しい。

ドラムはやれば、まだ伸びそうだったけど、ボーカルは声に魅力も無いし、音程は不安定。

パンクかなんか、怒鳴ってるだけなら、まだしも、普通にちゃんと歌うと、アラが目立ち過ぎる。

ギターのヤツに、どう言うことかと聞いた。コイツは世の中を舐めてるし、家も裕福だから、休学してギター弾きまくろうかなぁとか。

ボーカルは、やっぱり自分の実力不足は、対バンしたらよくわかる。だから、サラリーマンになるらしい。

ドラムは、やれば出来るのはわかっているけど、実家を継ぐまでの、時間が無くなった。

農家だから、とりあえず兼業で農協か市役所に勤めながら、親の手伝いするしか無いと。田舎に帰るらしい。

年初にお父さんが、怪我をしたらしく、仕方なく方向転換するようだ。

バンドに勧誘に来た時は、体調で無理かも?の俺が残って、あとは違う道?


また、裏切られて、置いてきぼりにされた気分。

ラストはサークルの、最後のライブまでやるけど、ライブハウスに出るとかは、もう無理かもな。

1年半でこの変わりかた。レコーディング代も無駄?CD作っても、個人のアー写も撮影して貰ったし、全ては何の意味も無いってこと?


必死で、脳みそ酷使して作った曲は?

皆んなで頑張ろぜと、アー写を撮った時間は。

自分にとっては、苦しい中頑張ったつもりだったからなお。

普通に遊んでた訳じゃない。

曲作りにかまけて、授業休んだり。

でも、皆んなは先を別々に考えてたけど、全く話してくれなかった。

僕のダメな状態をみて、諦めたなら、そう言って欲しかった。


また、何も言わずに、皆んなだけ先に進もうとしてる感じが、諦めと辛さの混じった、苦い思いになった。

八つ当たりするヤツもいない。

憂さ晴らしはしたけど。

止まったまま、単位も1年すら、落としたままの科目がある。

取れないと、4年になれないと、研究室に入れないから、卒業出来ない。

ダメージは大きかったから、来年春から

半年学校を休むことにした。

さしてやることは変わらない。

学校に行かなければって、プレッシャーがなくなっただけ。


疲れてたのもあり、一気にまた深く落ちた。

女の子に逃げたり、めちゃくちゃなこともやった。

夕方まで起きれないから、夜眠れないから、夜から出けて帰らない。朝方鍵が無くて、ドアを叩いて起こしたり。

それは困るからと、帰りの時間を聞かれるのが、鍵があるのか、連絡があるのがうざい。

普通に考えたら、朝4時にピンポンされるのは、親も嫌だろう。母も睡眠に問題があったうえだし、

でも、鬱で落ちてる時は、全て他人が悪いと思わないと、生きていられない。

人のせいにしないと、死にたくなるからだ。自分を責めたら、死にたくなるからだ。

バンドが崩壊したのも、全部周りのせいにした。僕が悪かったかもしれないことも全部ひっくるめて。


サークル横断で、学祭のみ続いたバンドは、在籍中は毎年出た。同じバンドのギターに、先輩のギター、友達女子のボーカルとか。

曲は決まったジャンルだし、毎年やれば、大抵は覚えてる。

野外のデカいステージから、皆んながモッシュするのを、眺めるのは楽しい。

ここは、横断バンドな分、上手い人は多いけど、あくまでテンポラリーにやる、お祭りみたいな物だから、バンド感はあるけど、バンドでは無い。


バンドもそんなだしの時期に、同じライブに出てたバンドの人に声をかけられた。キーボードをサポートとしてやらないか?と。

メタル系で30歳手前、先をどうするかを、メンバーで考えた結果らしい。

今、メンバーは、それなりにバイトしながら.2か月に1度ぐらいで.ライブはしている。

定期的にやってる、セミプロ的なバンドや、劇団は皆んなチケットノルマがある。売れないと自分の自腹で、ただで来て貰うか、空席になるか。


リーダーに来て貰って、色々話はした。

今後とか。オリジナルはあるが、弱い曲しか無いとか、キーボードは今までも掛け持ちしてて、だいたいはメンバーじゃないとか。

僕の話は、サポートメンバーだから、メンバーじゃない。だからチケットも捌かなくて良い。話合いもしない。1ステージ、リハ1回込みで、幾ら。とりあえず期間は半年とか。自由に変えたい部分は変えてくれて良いとか。

他のバイトよりは、わりは弱いし、ベースも弾けるなら、サポートで入って欲しいと言われて、結果2以上年やった。

ライブが半年に1回だったりもしたから。

彼らも関西より、集客できるからと東京にも来て、東京にきてからも、サポートをした。

何となくの、ステージだけのバンドごっこなら、こんな形で他にもプロ含めて、サポートで出るところは、いくらでも出来る。


このバンドにも、少しは固定のファンがいて、応援し続けてくれるから、彼らも続けるし、やめ時が見つからない。

30歳過ぎて、ブレイクは無くは無いけど、確率は0に近い。

本人たちも、わかっていることだろうけど。

サポートのお金は、チケット代から出ていれば良いけど、居酒屋の店長代理のお金だと、貰うのも気はひける。が、しっかり、ビジネスだから貰うけど。

でも、色々なレベルのバンドに加わったことで、もうバンドをしっかり固めてやりたい気持ちは無くなった。


バンドを成長させるには、どうしたら良いかは、かなり考えることが多いし、僕か考える側に、回ってしまっているのもある。

そして、この人たちとこのバンドで、何かをやりたい気持ちが生まれる、そんな人たちと、結局は出会えなかったってことだろう。

そんな、一緒にやりたいと思ってくれるメンバーに、出会えた人は幸せだ

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