第八話 生まれた日

 宵桜結婚相談所で何より重要なのは、生まれた日。

 生まれ持った本質が合うかどうか。

 家柄や容姿ももちろん大切ではあるが、家柄なんて何かがきっかけで落ちぶれるかもしれないし、どんなに美しい容姿であっても、歳を取ったら崩れてしまう。


 雪衣の婿候補は、これまですべてキヌが選んでいた。

 もちろん、雪衣の生まれた日と相性がいいのを選んではいるが、八人とも凄くいいというわけではない。

 婿養子でなければならないという、譲れない条件がある中ら選んでいるからだ。

 キヌが婿養子可の名簿の中から、一番相性が良い順番に見合いをしたものの、ことごとく静のせいで阻止されてしまった――――という現状だった。


「婿養子でかまわないんだったね?」


 藤路の生年月日が分かり、キヌの目の色が明らかに変わった。

 相性の良い相手と結婚すると、二人とも運気が上がる。

 つまり、今は自分のことを「僕なんか」と卑下しているような、不幸の身であったとしても、この結婚により幸福になることは明らかだとキヌは考えた。


「雪衣、あんた、この人を婿にもらいなさい」

「え!? ちょっと、おばあ様!?」

「あんたにもわかってるだろう? こんな条件にぴったりな男はそうはいないよ!!」

「それは……確かに、この通りなら、相性はそうだけど――!!」

「よし、そうしよう。そうすれば、逆縁結びのことも許してやろう。言ったじゃないか! あんたが婿さえもらえばって」


 自分の縁談の話が、急に雪衣の縁談の話になって、藤路は驚いた。

 雪衣が婿を捜していたことも知らなかったし、何より……


「逆縁結びのことも許す? どういうことですか?」


 逆縁結びのこととは何だと思った。

 引き受けてもらったはずだが、何か問題があったのか、と。


「あ、えーと、その……実は、逆縁結びなんて駄目だって、反対されたばかりで――――」


 雪衣が事情を説明すると、藤路は納得し、ぽんと手を打った。


「つまり、僕が雪衣さんと結婚すれば、逆縁結びをしてもいいし、この結婚相談所の評判も元に戻るということですね」

「え!? いや、評判が戻るかどうかは……」

「そうだよ。あんたさんと雪衣の相性はとてもいいからね、結婚すれば今よりもっと良いことが起こるはずだ。あたしは息子の二度目の結婚で失敗してしまったからね、今度こそ間違えるわけにはいかない」

「二度目の結婚……?」


 キヌは、藤路に自分の息子――つまり、雪衣の父親の話をした。

 雪衣の両親は、相性的には実はあまり良いとは言えなかった。

 どちらかが不幸になる可能性が高いと、最初はその結婚には反対していたのだが、二人は深く愛し合っていて、とても引き離すことはできなかった。

 そうして雪衣が生まれたが、すぐに母親が死んでしまう。

 まだ若いし、次は絶対に幸せになる相性の女と……と、当時考えていた時に現れたのが、再婚相手となった静だった。


「まさか、生まれ年を偽られていたなんて思いもしなかったよ。すっかり騙された。生まれ年が違えば、相性も変わるんだ」


 最高の相性だと思って、キヌは再婚を積極的に進めた。

 まさか、自分が詐欺にあっていたなんて気がつかずに……

 息子を失った後、正しい生年月日でもう一度二人の相性を占うと、夫の方の寿命を妻が吸いつくす――――一方だけが得をするような相性であった。


「あんたさん、この生まれた日に間違いはないんだろう? まぁ、間違っていたとしても、顔を見ればわかるが」

「間違いありませんけど……顔?」

「そうさ、この子はね、宵桜家の中でも特別な目を持っている。その人の顔を見ると、見えるんだよ。その人が生まれた日がね、頭の上に浮かんで――――」


 そこまで話したところで、慌てて雪衣はキヌの口を手でふさいだ。

 これは宵桜家でも一部しか知らない話だ。

 部外者の藤路に聞かれていい話ではない。


「な、なんでもないです! お気になさらずに!!」


 こんな奇妙な、不思議な力を持っていると多くの人に知られてしまっては、悪用されてしまう恐れがあるから、隠しておいた方がいいと言ったのは、キヌ自身だ。

 顔を見るだけで正確な生年月日が分かるということは、相性を診るのに便利というだけじゃない。

 宵桜家は陰陽師の末裔。

 人を呪い殺す術を知っている。


「……頭の上に浮かんで、見える?」


 狐の面の下で、藤路はきっと訝し気な表情をしているだろうと雪衣は思った。

 見えない人間には、それがどういうことか理解できるはずがない。

 何を言っているんだろうと思っているに違いないと……


「それは、生まれた年も? 何年何月何日というようにですか?」

「え、ええーとその……」


 雪衣はごまかそうとしたが、藤路は記入していた用紙をひっくり返して、裏側に絵を描いた。

 顔、頭、首、肩……胸から上の人間の絵。

 その頭上に、〈明治三十七年四月十三日〉と日付を書いた。


「もしかして、こんな風に見える……ということですか?」

「そう……ですけど――――え? どうして」


 それは雪衣に見えているものとぴったり一致していた。

 まるで自分の見えているものと、同じものを見たことがあるかのように……


「驚いた。雪衣さん、見えるんですね」

「にも……?」


 藤路は嬉しそうな声で言った。


「僕も見えるんです。頭の上に、こんな風に日付が」


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