第二部

第16話 クリスマスデートだよ小出さん!

 どうして僕は今、ネットカフェにいるんだろう……。今日ってクリスマスだよね? 合ってるよね? いるのかな、クリスマスにネットカフェに来る人なんて。


 で、なんでこんな流れになったのかというと、まあこんな感じ。


 *   *   *


 待ち合わせ場所だった駅前の時計台の下、僕は改めて小出さんにお礼の言葉を伝えた。クリスマスを一緒に過ごしてくれることに対して。僕の気持ちに応えてくれたことに対して。


 そして、僕に勇気をくれたことに対して。


「小出さん、今日は付き合ってくれて本当にありがとうね」


「ううん、こちらこそ誘ってくれてありがとう。私、クリスマスを誰かと一緒に過ごしたことなかったの。家族とは一緒にパーティーをしたりはしてたんだけど」


 そうだったんだ。小出さんも僕と同じだったんだ。って、少し考えてみたら当たり前だよね。高校生の小出さんしか僕は知らないわけだけど、でも、たぶんずっと一人ぼっちだったんだろうなあ。僕も友達が多いわけじゃないけどね。


「それでね、一応僕なりに今日のプランを考えてきたんだけど――」


 と、言ったところで小出さん、突然の挙手。はて? どうしたんだろう? 小出さんにしては珍しい。


「あ、あのね、園川くん。私、行ってみたい所があって……。い、言ってもいい、かな……?」


「そうなんだ。うん、もちろん! だからぜひ教えてよ! できるだけ小出さんの希望に添いたいし。それで、どこに行きたいの?」


「ありがとう園川くん。えっと……あ、あのね――」


 *   *   *


 という、こんな感じのやり取りだった。で、小出さんが言ってた『行ってみたい所』というのがネットカフェ、というわけ。


 なので、僕はちょうど受け付けを済ませてる最中ではあるんだけど、本当は最初、小出さんが『受け付けしてみたい』と自分から率先して言ってくれたからお任せしてたんだ。


 どうも小出さん、ネットカフェに来たことがなかったらしくて。それで受け付けをしてみたかったみたいなんだけど……。


『あ、あああ、あ、あの……で、ですね……ああ、あの、その……あ、あああ……』


 小出さんのコミュ症、見事に発動。店員さんもめちゃくちゃ困惑。で、小出さんは『無理、でした……』と、肩を落としながら、後ろのソファーに腰掛けてた僕の元へとすごすご帰ってきたわけで。見事なまでの敗北だね、小出さん。


 ……ネットカフェで敗北って、何さ。


 ということで、選手交代。僕が代わりに受け付けを担当、というわけ。


 とりあえず三時間パックを選択したんだけど、でも、ブースの話になった途端、隣にいた小出さんはメニュー表に載ってるブースを指差した。え!? で、でもこれって……。


「こ、小出さん? え? ほ、本当にいいの? このブースで」


「はい。だってこれにしないと別々になっちゃうじゃないですか」


 あ、やっぱり僕とは普通に話せるのね。


 て、いやいや! 今はそれどころじゃない! だって、小出さんが指差したブースって。


「か、カップルシート、だよ?」


「そうですけど、何か問題が?」


 小出さん、平然。僕、めちゃくちゃ動揺。


 でも、よくよく考えてみたら、確かにそうだよね。せっかく一緒に来てるのに別々のブースになったら意味ないし。


 とはいえ。


 心の準備が全くできてないんですけど!


 *   *   *


 受け付けを済ませた僕と小出さんは、エレベーターを使って三階へ。


 それから、まずはそこに設置してあるドリンクバーコーナーに行って、各々飲みたいものをグラスに注いだ。


 小出さんはグラスじゃなくてコーヒーカップだけどね。メイド喫茶に行った時も同じだったけど、選択したのはブラックのホットコーヒーだった。やっぱり大人っぽくてなんか羨ましいや。


「えーっと、304号室だから……あ、ここだ。って……え!?」


「園川くん、どうしたの? とりあえず入ろうよ」


「で、でもさ、こ、これって……」


 僕が狼狽える姿を見て、小首を傾げる小出さんだけど、そらゃそうなるよ。当たり前だよ。だってさ――


「せ、狭すぎるでしょ!!」


 小出さんが受け付け時に指差しで希望したのは『ペアフラットシート』という名称だった。で、写真を見るに案外広いんだなあと思ったんだけど、違った。狭かった。かなーり狭かった。


 その理由を説明するのは簡単。ただでさえ狭い空間の中に座席が二つ置かれてたからに他ならない。な、何故にして、フラットシートの上に座席を置いちゃうかな……。


「こ、小出さん? い、いいの? 本当にいいの? 今から入っちゃって?」


「うん? さっきからどうしたの? 園川くん? でもここ、思ってたよりも狭くてリラックスできそうだね」


「そ、そうだね。狭いとなんか落ち着くもんね」


 なんとか僕の動揺がバレないように返事を返した。返したんだけどさ……な、なんで? なんでこんなにも小出さんは平然としていられるの?


 そういえば……小出さんをクリスマスデートに誘った僕ではあるんだけど、正確に『デート』とは言ってないことに気が付いた。


 もしかして小出さん的には、これをデートとして捉えてくれてないってこと?


「あ! ちょっと待ってて園川くん! あっちにたくさん漫画とかが置かれてる! 入る前に私、ちょっと持ってくるね」


「あ、あははは……言ってらっしゃーい」


 乾いた笑いでそう応えた僕だったけど、なるほど。小出さんがネットカフェに行きたかった理由はそれかあ。たぶん、漫画をたくさん読みたかったんだ。


「やっぱり、クリスマスでも小出さんらしいや。漫画、大好きだもんね」


 そんな彼女だからこそ、僕は好きになった。本物の恋をした。どうして今、僕はそれを改めて思い出したんだろう。


 小出さんのことを想うと、自然と口元が緩んじゃうや。


 クリスマス? デート? そんなの関係ない。今はそれを一度忘れようっと。


 それよりも、そんな小出さんとこの時間。一緒にすごし、一緒にいられることの喜びを噛み締めよう。

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