第3話 読ませてよ小出さん!

 小出さんから本をお借りした翌日。


 授業中、僕はずっと睡魔と戦っていた。眠い目を擦りながら大きなあくびをしたり、手をギュッとつねって無理やり眠気を覚そうとしたりして。


 そしてなんとか居眠りすることなく、僕は昼休みまで耐えきった。睡魔、手強い相手だったぜ。いや、なんとなくバトル漫画っぽく言ってみたかっただけです。はい。


 話を戻そうっと。


 で、どうしてこんなにも眠いのかというと、昨晩、僕は小出さんからお借りした小説を一気に読破したから。目の下にメンソレータムを塗りたくって目を覚ましながら読んだ。読み切った。その代償としての寝不足なんだ。


 それにしても、改めて表紙を見てみても本当に長いタイトルだなあ。『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』って。


 だけど、内容としてはとても面白かった。 一体どのような内容だったのか。簡単に説明するとこんな感じ。


 物語の主人公であるオッサンは、『全裸になって暗黒舞踏を踊りまくる』という毎日の日課をこなしていたら、何故か異世界に飛ばされてしまった。全裸のままで。


 そして問題が。さすがに全裸のままで街を歩くことができないから服を調達したいのに、オッサンはお金を持っていなかったたのである。だから洋服も、そして防具も買うことができず。仕方がないので股間に葉っぱを貼り付けて、一応、隠すところは隠して旅に出た。


 途中で遭遇してしまったモンスターとは常に葉っぱ一枚で戦うはめに。だけど、モンスターを退治するたびに少しずつアイテムを手に入れ、お金も手に入れることができた。


 しかしである。オッサンは意地になって服も防具を買うことはしなかった。葉っぱ一枚を股間に貼り付けるスタイルを貫き通してオッサンはそのまま旅を続けた。


 な、長い説明になっちゃった……。でもまあ、そんな内容だった。


 めちゃくちゃな内容と設定ではあるけど、僕は信念を貫き通すこのオッサンのことをカッコいいと思ってしまった。感動すら覚えてしまった。これは後で、小出さんと語り合うしかない。熱い熱い語り合いになるだろうなあ。


「……あれ?」


 お昼ご飯を済ませたところで、僕は隣の席の小出さんから視線を感じた。今、僕のことを横目で見ていたような……。なので僕は小出さんに顔を向けてみた。すると彼女は、僕から素早く視線を逸らしてぷいっと外方を向いてしまった。


 うん、これは気のせいではないな。小出さんは確かに僕のことを見ていた。でも目を逸らすということは、僕にあまり意識してもらいたくないということだろうし。なので僕は気付いていない振りをした。


 したんだけど……でも、やっぱり気になるものは気になるわけで。それに、また小出さんからの視線を感じるし。なので再度、僕は彼女に顔を向けた。小出さんは先程と同じようにぷいっと顔を逸らしてしまった。


 じーっ(小出さんの視線)


 くるっ(振り向く僕)


 ぷいっ(視線を外す小出さん)


 じーっ(小出さんの視線)


 くるっ(振り向く僕)


 ぷいっ(視線を外す小出さん)


 なんだろう、この状況……。なんだか『だるまさんが転んだ』みたい。もしかして小出さん、僕に何か用事でもあるのかな?


 さすがの僕も『気になるゲージ』が満タンになっちゃったので、机から身を乗り出して小出さんの顔を覗き込んだ。


「ひゃあっ! そ、園川くん……! な、何か用ですか?」


「う、うん、何か用というか……。 小出さん、さっきから僕のことをちらちら見てたでしょ? どうしたのかなって。もしかして僕の顔に何かついてる?」


 僕の質問を聞いた小出さんは「あ、あ、あーー」と、針の壊れたレコードみたいになってしまった。なかなかちゃんと言葉にしてくれない。もしかして緊張してる?


 でも、覚悟が固まったみたい。ちょっとあたふたしながらも、僕にようやく理由を話し始めてくれた。


「あ、あの……そ、園川くんに昨日貸した本、どうだったかなと思って……。あ、でもまだ全部読めてない、かな?」


 あー、なるほど。やっと合点がいった。昨日貸してくれた本の感想を訊いてみたかったんだ。だから先程からチラチラとコチラを見ていたんだ。タイミングを見計らっていたんだ。だけど緊張してたんだろうな、やっぱり。


 そんなこと、気にする必要なんて全くないのに。もっと気軽に話しかけてくれればいいのに。でも、気持ちは分かるんだけどね。僕も小出さんに初めて話しかける時はそんな感じだったし。


「ううん、徹夜して全部読ませてもらったよ! 『裸で戦います』の小説を」


 その一言で、小出さんの目が一瞬にしてキラキラと輝いた。すごいね。まるで少女漫画のキャラみたい。目に星がたくさん散らばっているように見える。


「ほ、本当に!? よ、読んでくれたんだ! それで、ど……どうだった?」


「うん、オッサンがカッコ良かった。漢気もあるし、信念もしっかりしてるし。仲間に裏切られて股間の葉っぱを剥ぎ取られちゃったシーンには涙したよ」


「そ、そう! 私も同じだよ! 葉っぱを取られてスッポンポンになった主人公の気持ちを考えると……私、泣けてきちゃって」


 ……あれ?


 小出さん、まるで別人みたいだ。小説の話をする時、とても生き生きとしている。いつものおどおどした性格が嘘みたいだ。


「ねえ小出さん。小出さんって、いつから小説読むようになったの? その様子だと、かなり読んでそうだけど」


「うん。えーと……確か小学生の頃から、かな? 六年生くらい」


 僕は想像した。小出さんの小学生時代を。きっと可愛らしい小学生だったんだろうな。まあ、小出さんは今でも小学生みたいな見た目だけどね。言ったら嫌われそうだから言わないけど。


「ちなみにさ、小出さんは小学生の頃ってどんな夢を持っていたの?」


「ゆ、夢? うん、あったけど……園川くん、聞いても笑わない?」


「笑うわけないじゃん。ちなみに、僕の夢はサラリーマンだったかな」


「……それって、夢って言うのかな?」


 確かに。言われて今更気付いたけど、将来の夢がサラリーマンとかいう小学生、あまりに悲しすぎるな。


「えっとね……私の小さい頃の夢は、小説家だったの」


「しょ、小説家! すごいね! そうなんだ、将来の夢が小説家だったんだあ。じゃあ小出さんって、その頃は小説書いてたりしてたの?」


「え!? あ、あの……か、書いていたというか……」


 小出さんは急にモジモジと指遊びを始めてしまった。


「げ、現在進行形というか……」


 顔を真っ赤にさせて、小出さんはそう打ち明けてくれた。現在進行形ってことは、つまり今も書いてるってことだよね? 読みたい。すっごく読みたい。小出さんが書いた小説を。


 どんな小説なんだろう。やっぱり、小出さんが好んで読むライトノベルってやつなのかな? オッサンが出てくるやつ。でもそうとは限らないのかな。意外と恋愛ものだったりして。


「じゃあ小出さん。今度、僕にそれを読ませてくれないかな?」


「ふえっ! そ、園川くんに、わ、私が書いた小説を……?」


 僕のお願いに、小出さんは赤面。顔だけじゃなくて、耳まで真っ赤になっちゃった。だけどそうだよね。自分の創作物を読まれるのって恥ずかしいよね。その気持ち、なんだか分かるなあ。だって昔、実は僕もこっそりとポエムを書いていたりしたから。けど、もしも誰かに読まれたりしたら、たぶん僕は立ち直れないかな。THE,黒歴史って感じだし。


「あ、小出さん! 嫌だったら無理にとは言わないよ! だから気にしないで!」


「こ、交換条件……」


「え?」


「そ、園川くんも小説書いてくれたら……それを私に読ませてくれたら……そしたら私も、書いた小説を読ませてあげる。ど、どうかな?」


 思いもしなかった、小出さんの交換条件。それはお互いに小説を書き合い、読ませ合う、といったものだった。


 僕はこれまで、ポエムもどきは書いたことはあるけど、小説は書いたことはなかった。しかも僕の国語の成績って最悪だし。文章力皆無だし。


 でも僕が小説を書けば、僕は小出さんが書いた小説を読むことができるのか。うーん、どうしよう。ちょっと悩む。守れない約束はしたくないし。


 だけど小出さんの書いた小説って、つまりは彼女の内面を見ることと同義な気がする。だったらその交換条件、乗らないわけにはいかないよね。


「分かった、書くよ! 僕も書く! 書いたらお互いの小説を交換し合おう! 上手く書ける自信はないけど、一生懸命書いてみる。だって僕、小出さんが書いた小説、すっごく読んでみたいし!」


「ほ、本当に!?」


 よほど嬉しかったのか、小出さんは頰を赤らめながらも微笑んでくれた。


 僕はその微笑みを見てドキっとした。


 小出さん、こんなふうに笑うんだ。


 いつもの困り顔とのギャップに、僕の心は完全に持っていかれてしまった。いや、持っていかれたというか、盗まれた。ハートを完全に盗まれてしまった。ただでさえ恋をしているというのに、いっそう心を掴まれた感覚。


 この笑顔を、僕は独り占めしたい。


 そして小出さんと、もっともっと仲良くなって、いつの日か、僕は小出さんの『特別』になりたい。


「……どうしたの、園川くん? ボーッとして」


「え、い、いや、なんでもないよ。どんな小説書こうかなって考えててね」


「うん。私、楽しみにしてるね。園川くんの小説を読めるのを」


 そこで、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。それを合図に、僕達は会話を中断。そして、お互いに次の授業の準備を始めた。 だけど、僕はもう授業なんてどうでもよかった。


 僕の胸はドキドキと高鳴っていた。


 小出さんに聞こえてしまうんじゃないかと思える程に、大きく。大きく。

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