2025年7月5日の予言に思う
終崎乃唖
はじめに
去る日本時間の7月30日、全国レベルでの津波警報が発報された。
北米在住の筆者にはあまり関係のない話で、国内での詳しい状況は直接見聞きしていない。が、相当広域にわたって避難指示が出される事態であったことは把握している。
さて、「日本全国での津波」と言えば、ある話に思いが浮かぶ人も多いだろう。
具体的なペンネームは言及しないが、「2025年7月5日にフィリピン海で火山噴火が発生し、日本全国に津波が押し寄せる」との「予知夢」を見たというとある女流漫画家の話だ。
確かに、彼女はかの東北地方太平洋沖地震を予知していたらしい。そして、それ故に時の人となり、社会から「予言者」としての「キャラ付け」を要求された面は否めないだろう。が、彼女の次の「予知」は、実際に起きた出来事を鑑みてあまりに精度が悪かった。
彼女が予知した現場は「フィリピン海」であった。が、実際にことが起きたのは千島列島沖の北太平洋であった。かろうじて太平洋ということは当たっていたかもしれない。しかし、例えばの話「明日広島県を走る呉線で列車の脱線事故が起き、乗客100人が死ぬ」という予知夢を見た人がいて、実際には「福島県を走る東北本線で事故が発生し、乗客68人が死亡した」場合、それを「同じ本州の、国鉄時代はいずれも特別甲線であったJR線で起きた事故で、10の位を四捨五入すれば予言と同数の命が失われている」からと予言が当たったと考える人間は、普通はいない。
さらに、国際地理に疎い人のために補足しておくと、フィリピン海は太平洋のうち、伊豆・小笠原・マリアナ列島以西の海域を指す用語である。海外在住の筆者だからこそ分かるが、実は英語の「Pacific Ocean」という語は、多くの場合このフィリピン海域を含まない(稀に含む場合もあるが、多くの場合その場合発話者は東アジア系ないし東南アジア系であり、ネイティブのカナディアンはまずこの海域をPacificとは言わない)。つまり、日本語の太平洋というのは、英語のPacific Oceanの厳密な訳語ではなく、これに Philippine Seaを加えた海域の訳語、というのが妥当である。つまり、国連の公用語でさえない地域言語の一つに過ぎない日本語の感性では同じ太平洋かもしれないが、国連の事務作業言語である英語や仏語の観点で言えばこれはそもそも発生海域からして違う。然るに、日本語や中国語の論理構造を鑑みれば「当たらずと言えど遠からず」であるが、英語や仏語の論理構造を基準に考えれば、肝心の発生地を大幅に外した全くの出鱈目であったと言えよう。
今回の津波、原因は通常の海溝型地震であり、火山活動は関係がない。予言の「7月5日」には確かにフィリピン海の外縁に位置する鹿児島県の悪石島で火山活動が活発化していたし、7日にはフィリピン海に何らかの影響を及ぼしうる近傍地に位置するインドネシアのフローレス諸島でも大規模な噴火があった。が、いずれも今回の津波を引き起こした地震とは直接の因果関係はなく、少なくとも現代の地球科学研究が対象とできる範囲内においては一切の関連を論ずることができない。「5日」と「30日」というのも5の倍数で最初の一桁目の数字が奇素数ということぐらいしか共通項はない。そもそも、地質学的に言えば海溝型地震と火山活動に何らかの関係がある場合という事象はもちろん存在するが、それは地震活動によりプレート端部に裂け目が生じ、ここに海水が流れ込むことでマントルの融点が下がることでマグマが発生する、というメカニズムである。つまり、地震が噴火の引き金になることはあるが、逆はない。そもそも場所が無関係である上に、噴火が先に来て地震が後から来た、という場合はその二つの事象は全く無関係である。
彼女の予知夢はある意味では当たったかもしれないが、筆者の知る限り今回の津波による日本国内での死者は、三重県で一人のみ。それも避難中の交通事故によるものである。むしろ被害はロシアの統治する千島列島で深刻であったから、被災域までズレている。ここまで予知夢で見た光景と実際に起きたことが異なるのであれば、もはやその予知夢が正しかったとしても実際に何かの役に立つのかと言われれば、全く役に立たないというほかないし、むしろ徒に他人を振り回し、社会を混乱させる影響を鑑みれば予言などない方がよかった、という感想さえ抱かざるを得ない。
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