クラスで一番の優等生だったはずなのに

舞夢宜人

第1話

 四月。私立桜峰学園の校庭を、淡いピンク色の桜が彩る中、俺、日高陽介は、高校生活最後の年を迎えていた。特進クラスである三年一組の教室は、他のクラスとは異なる、少し張り詰めた空気に満ちている。皆が皆、受験という重いテーマを背負い、ひたすらに前だけを見て進んでいる。


 だが、俺は違った。


 この三年間、俺はごく普通の男子高校生として過ごしてきた。勉強も運動もそこそこ。友達はいるが、決して目立つ存在ではない。このまま何も変わらずに卒業を迎えるのかと思うと、胸の奥に、言葉にならない後悔が渦巻く。


 この平凡な日々を変えたい。もっと、人生に鮮やかな色をつけたい。


「後悔のない青春を送る」


 そのために、俺は一つの決意を固めた。それは、できるだけ多くの女の子と関わり、彼女たちのありのままの姿を受け入れること。そして、性的関係を持つことで、彼女たちが本当に幸せになれるように奮闘する。


 誰に言われたわけでもない。ただ、俺自身の内から湧き上がってきた、衝動にも似た決意だった。


 その決意を胸に、俺は三年一組の教室のドアを開けた。視線の先には、懐かしい顔と、見慣れない顔。そして、教室内で一際目を引く、二人の女子。


 一人は、俺の幼馴染である白石華蓮。


 艶やかな茶色のボブヘアが揺れ、C65のバストが控えめに主張する。幼い頃からずっと一緒で、俺にとっては家族のような存在だ。彼女の行動原理は、俺の笑顔を守るためなら何でもできるというもの。天真爛漫で、喜怒哀楽を素直に表現する華蓮は、今も窓の外の桜を眺めて、楽しそうに微笑んでいる。


 もう一人は、クラスのマドンナ、橘美咲。


 艶のある黒髪ロングが、日の光を浴びて輝いている。身長164cmというスラリとした体型に、E70の豊かな胸。誰もが認める才色兼備の完璧な優等生だ。彼女の周りにはいつも人だかりができていて、遠くから眺めるだけの、手の届かない存在。誰もが彼女に憧れ、完璧な存在として見ている。

 だが、俺は知っている。その完璧な外面の裏に、彼女が抱える孤独と、ありのままの自分を受け入れてくれる人を求める強い願望が隠されていることを。

 去年の修学旅行の夜、偶然聞いてしまった彼女のすすり泣く声。その日のことは、今も鮮明に俺の脳裏に焼き付いている。


 俺の決意を固めた最初の相手は、この二人だ。

 華蓮は、俺の行動をどう受け止めるだろう。美咲は、果たして俺に心を開いてくれるだろうか。


 放課後。人影がまばらになった教室で、俺は華蓮と話す機会を探した。


「華蓮、ちょっといいか?」


 俺がそう声をかけると、彼女はくるりと振り返り、満面の笑みで答えた。


「陽介!久しぶりだね。また同じクラスになれて嬉しいよ!」


 その屈託のない笑顔に、俺は少しだけ胸が痛んだ。この笑顔を、俺は守りたい。だが、同時に、俺は俺の決意を貫きたい。そんな俺の葛藤を知る由もなく、華蓮は楽しそうに今日の出来事を話し始めた。


 その日の下校時、俺は美咲と偶然、二人きりになった。他の生徒たちがそれぞれの友人たちと帰っていく中、美咲は一人、静かに昇降口で靴を履き替えていた。艶やかな黒髪が、夕焼けの光を浴びて、どこか寂しげに見える。


「橘さん、もしかして、一人?」


 俺がそう声をかけると、美咲は少し驚いたように顔を上げた。


「……日高くん。ええ、そうよ。別に、一人でいるのが嫌なわけじゃないから、気にしないで」


 そう言って微笑む彼女の笑顔は、いつもと変わらない、完璧な優等生の笑顔だった。だが、その瞳の奥には、ほんの少しの寂しさが宿っているように見えた。


 美咲の心の内を知る俺は、その寂しさを見過ごすことができなかった。


「俺でよければ、一緒に帰らないか?」


 その言葉に、美咲は再び驚いた顔を見せた。そして、少しの間、沈黙が流れた。その沈黙は、彼女の心の壁が、音を立てて崩れ始める前触れのようだった。


 俺の決意が、今、静かに動き始める。

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