006/03/波乱の道中

「トンプソン……さあ、役職とかの情報もなしにそれだけだと流石に……」


 襲撃者への聞き込み――半ば拷問のようなものだが――を終えたマコトは得た情報から、アービーはなにか知らないだろうかと尋ねたものの、分かった事は何もなかった。

 尤も、それはマコトも半ばそうだろうと思っていた為「まあ、そっか」とだけ口にする。


「何か狙われるような事がアービーにあるのでしょうか?」

「さてね。念入りに聞いたけど、本当にただここでこの写真に写る女性を襲撃しろ、とだけ言われていたらしい」


 リリウムの問いかけに対し、マコトは聞き込みをした彼が持っていた写真をひらひらと手で弄びながらそう返す。

 少なくとも、ただの夜盗ではなくて“アービー個人を狙った襲撃である”という事がわかっただけでも収穫ではある。あるのだが、情報としてはあまりにも少な過ぎであり、対策の取りようがないというのがマコトの素直な感想だった。


「この先の道中にも彼らと同じような襲撃者が出て来る可能性がある。何か、襲撃される心当たりは?」

「心当たりと言われても、外交官になって日が浅いのに恨みを買うなんてどこで……」


 だが、アービーとしては正直どうして自分なんかが、という思いでいっぱいだった。

 確かに、アービーはもしもの為とマコトとリリウムという冒険者を雇っている。

 しかしながら、アービーの認識としては道中の自然豊かな道において、自らの身を魔獣や夜盗から守る為といった側面が強く、アービー個人を狙う襲撃者という存在については考慮の外にあったというのが実情だ。

 ――尤も、アービーの上司からすれば襲撃者も考慮の内にあって“冒険者を雇っておけ”と言っていたのだが、この場にいる三人にはそのような事は知り得ない。三人ともがうーん、と首を傾げて考え込むのみ。

 その中で、マコトはある事に思い至って口を開く。


「少なくとも、彼らの依頼主に関しては、あなたがこのタイミングでこの道を通る事を知っている人物という事になる。つまり、あなたがガルディ王国へ向かう事を知っている者が怪しいという事になる」

「つまり、ヘルヴィア共和国の外交部に怪しい人物がいる、と……?」


 震えるような声でアービーがそう口にする。アービーからすれば考えたくもない事実故に致し方ないだろう。

 彼女はあくまでも真面目に仕事をしているだけであり、それなのに命を狙われたという事なのだから。

 しかも、同じヘルヴィア共和国の外交部の仲間と思っている人物から。


「あとは、あくまでも外交部の誰かは情報を漏らしただけで、漏らした先にいた人物がこの外交を快く思っていないだけ、という線も否定はできませんわね」


 一応ここで、リリウムがアービーをフォローするように言う。

 これにはマコトも「まあ、その可能性を捨てるのはまだ早い、か」と理解を示す。

 人間、完璧であり続けるのは難しいというもの。

 口外を禁止されていたとしても、人の口に戸は立てられないとはよく言ったもの。ポロリと漏れ出てしまう事は珍しくない。勿論、あってはならない事ではあるが、気を付けていたとしてもどこかで漏れるというのが現実である。



 結論として言えば、何もわかっていない、という事になってしまう訳だが、こればかりは致し方ないというもの。

 こうなると、ただ気を付けて先を進む以外に手はない。はぁ、とため息をついてからマコトは口を開く。


「リリウムは定期的に索敵魔法サウォチを使って周囲の様子を探って欲しいけど、どれくらい使える?」


 そんなマコトの問いに対して、リリウムは「えぇと、そうですわね……」と口にしながら僅かに考える素振りを見せる。

 そして、自分なりの計算が済んでから結論を口にする。


「一時間に一度なら休みなしで行使可能かと。三〇分に一度だと、戦闘に支障が出るかもしれませんわ」

「わかった。一時間に一度、索敵魔法で。合間の時間は自分が周囲を警戒するって事にしよう」


 マコトがそう言うと「索敵魔法は使わないんですの?」とリリウムが尋ねる。

 周囲の敵を探るという行為について、索敵魔法に敵うものはない。それはこの世界においては常識である。

 しかしながら、マコトはあくまでも“周囲を警戒する”としか口にしていない。つまりは、索敵魔法を使わないと受け取る事ができる。

 本当にそれで大丈夫なのか、とリリウムは言外に尋ねている訳である。


「……覚える機会がなくてね」


 そんなリリウムの問いに対するマコトの答えは極めてシンプル。

 索敵魔法を習得していない、というだけの事。

 覚える機会がない、とは口にしているものの実際には前世での索敵魔法への印象が足を引っ張って、覚えられるタイミングで覚えようとしなかった、というのが正確な所である。

 尤も、前世云々についてマコトとしてはリリウムに話す事は現状ではまずない、と考えている以上はこの辺りの事情をマコトが説明する事はないのだが。



 何はともあれ、方針は決まった。これまで以上に気をつけて先へ進むというもの。

 先程襲撃してきた冒険者五名は縛ったままその場に放置し、マコトら三人はガルディ王国への道を進む事とした。

 リリウムが索敵魔法をして周囲に敵となり得るものがいない事を確認し、次の索敵魔法までの合間はマコトが周囲を警戒するという体勢で、である。現状としては索敵魔法に反応はなく、マコトも周囲に気配を感じる事もないと言った所。

 周囲への警戒をしながらも、マコトは思う所があって口を開く。


「……ところでライアン外交官は今回の外交ってどう思ってます?」


 唐突なマコトの問いかけに「え?」とアービーは驚きの声を漏らす。


「どう、と言われましても」


 困惑からかアービーの回答としてはこれが精一杯。

 “どう”という言葉にそもそも具体性がなく、どのように考えればよいのかわからないとうのがアービーの本音であった。

 そんなアービーの様子に「……えぇと……」とマコトは言葉を選ぶ素振りを見せてから、再度尋ねる。


「言えない所は言わなくてもいいので。……このタイミングで、私達冒険者という護衛を抜きにすれば単身で、ガルディ王国に向かうという状況について。何か思う所とかはありませんか?」

「うーん、そうですね……」


 そこまで詳しく口にされると、少しは考えやすくなる。アービーは暫し考え込む。

 ヘルヴィア共和国とガルディ王国の関係は良好――とはいかなくとも、少なくとも今すぐ戦端が開かれるとかそういう状況ではないのは確かだ。

 だからこそ護衛の必要性については下がっていて、こうして大人数の徒党ではなくマコト個人への依頼をアービーは選んだ。


 ――いや、おかしな点はなかっただろうか。


 アービーは少し首を傾げる。

 ヘルヴィア共和国とガルディ王国の関係は悪くない。

 少なくとも今すぐ戦端が開かれるとかそういう状況ではない。


 ――だとしたら、騎士や兵士を護衛としてつけてもらったとしても良かったのではないか?


 アービーはそう思い至る。

 これが両国の関係が微妙なもので、少しでも国境沿いに国お抱えの戦力――騎士や兵士が近づくだけでも一触即発になり兼ねない、とかであれば護衛を冒険者にするのは理解できる。

 冒険者は国お抱えの戦力ではなく、世界で共有している戦力なのだから。

 だからこそ、戦時下の外交官の護衛は冒険者である事が多いというのはアービーも聞いた事がある。

 しかしながら、今は戦時下ではないにも関わらず、冒険者を雇ってガルディ王国へと向かう事になっていた。

 雇った護衛を抜きにすれば、単身で外国に向かうなんて経験はアービーにとっては初めてだったが故に、出発前にはそのあたりに考えが至らなかった。

 しかしながら、こうして襲撃された状況を目の前にして、再度深く考え込む事でそこに至ったのだった。


「……何か、私の知らない前提条件があるのかもしれません」


 そう言って、アービーは鞄の中から封筒を取り出す。

 そこには厳重に封がされており、重要な書類が中に入っている事が傍目から見ても明らかだった。


「……これに、何かがあるのでしょうか」


 アービーは不安げにそう言った。

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