【過去】P003/犬娘、冒険者になる
P003/01/未知の提示――「気に入ったから、で十分か?」
「……そうか、そのような事があったか……」
故郷が火の海に包まれ、全てを失ったマコトは引き返して東都に辿り着いていた。忍の里は東都の諜報員育成機関として機能していた事を考えれば、その里が壊滅したという報告はしなければならない、と考えての事。
あっさりと首長であるヨシトモへの面会が叶い、これまでにあった事を全て報告した最初の言葉がそれであった。酷くショックを受けているようで、その声は僅かばかりに震えている。それだけ、忍びの里を信頼していたのだろうという事が察せられる。
暫しの間。
思いもよらなかった忍の里の終わりというものを受け止めるのにヨシトモは少々の時間を要した。しかし、そこは東都の首長。その僅かな間で普段の調子を取り戻して「それで、お前はこれからどうする?」と尋ねる。
「これから、自分はどのようにすればよいでしょうか……?」
しかし、ヨシトモの問いに対するマコトの答えとしてはこうだった。
マコトとしては、これから忍の里の一員として、立派な諜報員――忍として動くのだろうと考えていただけに、そもそもの里がなくなったというのはあまりにも想定外過ぎた。
何よりも、マコトはまだ忍としては一人前とは認められる前だったのも大きい。初めて承った任務を終える前に里そのものがなくなり、師範代に認められる事がないままとなってしまった。それはあまりにもマコトにとっては大きな心残りとなっていた。
だからこそ、自分の処遇は自分で決められない、とマコトはついヨシトモに尋ねてしまう。そんなマコトの様子を見てヨシトモは「ふむ……」と僅かに考え込む。
ヨシトモとしても、今後の研鑽次第でマコトは優秀な忍になるだろうと期待はしていた。しかし、こうして研鑽を積むより前に忍の里が滅びたとあっては話は変わってくる。足りない部分を補うにはやはり、育成機関が必要となる。
だが、この忍の里を襲撃した何者かの正体がわからないというのがネックであった。
東雲皇国にはマコトのいた里の他にも似たような諜報員の育成機関が存在する。そのどれもが山奥のどこかにひっそりとある里で、それぞれが東雲皇国の主要都市の首長に付き従う形となっている。
東都でも、マコトのいる忍の里の他にも同様の里があり、そこに預けるという事もヨシトモは考えた。しかしながら、これが忍の里同士の主導権争い――つまりは内輪揉めであった場合、マコトの身の安全は確保されない。
そうなると、マコトの忍としての道はほぼ閉ざされていると言っても過言ではなかった。
――惜しい。あまりに惜しい。
ヨシトモとしては、マコトを気に入っていただけに、このような形でマコトの忍の道が閉ざされるのは勿体ないと感じていた。しかしながら、マコトを気に入っているからこそ、マコトを捨て駒のようにするのも勿体ないと考えてしまっていた。
暫しの沈黙。ヨシトモは長考し、マコトは沈黙を守る。そして、数分程の沈黙のあとヨシトモは口を開く。
「……東雲皇国の外――異国に行く気はあるか?」
ヨシトモの口から唐突に飛び出た国から出ないか、という言葉。これにはマコトは困惑して「はい?」と声を漏らす他ない。どのような意図からの発言なのか、マコトには皆目見当もつかなかった。
そんな困惑しているマコトにヨシトモは言葉を重ねる。
「大前提として、だ。今のお前を東都の諜報員――忍として抱える事はできない。これについてはお前が一番わかっていような?」
「はい、それは重々理解しております」
あくまでもマコトは東都にある忍の里出身の忍見習いに過ぎない。その事はマコトもよく理解しているだけに、そう返す他ない。
幾らヨシトモ自身がマコトを優遇したくとも、そのような事は決して互いの為にはならない。
このままマコトを忍の一員として認めるような事をすれば、マコトの身の丈に合わない任務を回さざるを得なくなる。だからこそ、忍の里で鍛錬をして研鑽を積み重ねていく訳だが、その方法はもうできなくなってしまった。
そうなると、マコトをどのような形であれヨシトモの傍に置いておくのは現実的でない。つまりはそういう話であるという事まで含めて、マコトは理解していた。
そんなマコトの様子を見てヨシトモは意図が伝わった事を確信して満足気に頷く。
だからこそ、より惜しい、と思う訳だが。それはともかく、ヨシトモは本題を切り出す。
「このまま東都の港から東雲皇国を出て異国で冒険者となるといい」
冒険者、という単語にマコトは前世の記憶もあって心躍るものを感じながらも“異国で”という言葉に違和感を覚えて「異国で、ですか?」と尋ねる。
「正直な所、今のお前にとって安全な場所は東雲皇国にはない。これはわかるな?」
忍の里を襲撃した者の正体がわからない、忍装束という事は東雲皇国内部での勢力争いという事は推測できるがマコトの見聞きした情報からの推測では、それ以上の事はわからない。
そのような状態で東雲皇国内を中心に活動するような事があれば、いつどこで誰に命を狙われるかがわからない。安全な場所や時間はないという事になる。それに思い至ったマコトは「……はい」と頷く他ない。
「そこで、だ。東都の港で今すぐ異国へと旅立ち、そこで冒険者として生計を立てろ。可能な限り東雲皇国から離れるのが良いだろう」
冒険者、と言えばマコトの前世の記憶――RTOにおいては基本的にはプレイヤーキャラの事を指す。一部シナリオではNPCの冒険者も登場する事があるものの、一般的にはプレイヤーである事が多い。
各国各地に点在する冒険者組合によってその身元を保証され、組合に届いている依頼を請け負い、その報酬で生計を立てる。依頼の内容はピンからキリまであって、中にはとても危険度の高いものも含まれる。
しかしながら、現状として特に後ろ盾の存在しないマコトにとっては、数少ない日々の暮らしに必要な金銭を稼ぐのに適した職業とも言えた。ヨシトモの話を聞いて、マコトは成程、と理解する一方で疑問を口にする。
「どうして、自分なんかにここまで親身になって下さるんですか……?」
マコトにとって、一番不思議に感じているのはこの部分であった。
なぜ、ここまで東都の首長であるヨシトモが親身になっているのか。マコトの知り得る限り、マコトは単なる忍見習いに過ぎず、仮にも首長が肩入れするような人物ではないと自身の事を認識していた。それだけに、ヨシトモの言動は不思議な気分で聞いていた。
そんな単純な質問に対して、ヨシトモは「うーん、そう言われてもな……」と言葉を濁す。
ヨシトモからすれば、マコトに対して親身になっているのは気まぐれによる部分が多いと自覚していた。折角気に入ったのだから、できる限り長生きできそうな道を示しただけ、というのが本音ではある。
そこにそれ以上の感情をヨシトモは持ち合わせていない。
たったそれだけの話なのだ。
仮にマコトが冒険者となってすぐに野垂れ死んだとしても、そこにヨシトモは責任を持とうとは思わない。それ位、マコトの将来は厳しいものだとヨシトモは考えているからだ。
だが、それを口にするのは流石に憚られた。ヨシトモとしても、相手――今回で言えばマコトである――に必要以上の悪感情を抱かれたいとは思っていない。どう言葉を選べばマコトは納得するだろうか、と考える。
「うーん、そうだな……」
暫し、考える。
しかしながら、そう簡単に適切な言葉など出て来るはずもない。
すぐにそのようなものが思いつくというのなら、人と人の間で交わされるやりとりにおいて、誤解が生じる事など一切なくなる。それ位、難しいとヨシトモは考えていた。
数分にも満たないながらもしっかりと長考したヨシトモは「うん、そうだな」と声を漏らしてから結論を口にする。
「気に入ったから、で十分か?」
考えた結果、ヨシトモは素直な言葉を吐露する。
そこに一切の嘘偽りはない。
だからこそ、マコトもそれを感じ取る。
「わかりました。それでは、その通りにさせて頂ければと思います」
こうして、マコトはヨシトモの言葉の通りに、異国へ旅立つ事を決めるのだった。
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