EP.18 模擬戦

 4月22日、現在16時を回った。リンダとの約束を果たすためハンソンドロイド社のADのテスト及び訓練で使われる施設が地下に存在する。そのテストする部屋は幾つも存在しており様々な状況に対応できるよう市街戦、森林戦、巨大プールを作りその中にADを沈めたりする部屋も存在している。様々な条件をクリアし実践に投入される訳だ。戦い以外にもADは存在するためそれ専用の部屋も存在している。

 

 AD.E-MPのコクピットに入るが基本操作は何も変わらない、強いていうならいつもいるはずのローラがいない事ぐらいでいつものような共同作業こそないが、ガイアリンクを介して通信できるぐらいだ。

『準備はいいかエイジ?敵はリンダ姉さんな訳だが。』

「何が姉さんだよ……」

『いや、ここの整備兵がみんなそう言ってるからさ……。』

 マルコスと通信してるとリンダ・クールーの情報が次々と流れる、その愛称から察するにここの人達から慕われているのだろう。

『ともかく、装備は『模擬用帯電大型ナイフ』と『AD用訓練銃』だ。ナイフの電流は微弱だし銃の訓練弾も強くない電気を帯びている。ADは訓練モードに変更されている、四肢のどれかに『当たれば』その部位は機能しなくなる。頭をやられちゃサブカメラに切り替わって操作感が鈍るはずだ。ここで注意して欲しいのは腕をやられた場合機能しなくなる訳だがそのまま宙ぶらりんだ。姿勢制御に問題が生じるってことを忘れるなよ。』

「ああ。」

『今回は一対一、模擬戦場も市街地を想定した作りになっている。遮蔽物を上手く利用しろ。あとは、ニューラル・インターフェイス・システムだが普通兵士向けに作られているだけあって負荷が少ないそうだ。』

 マルコスの説明を聞いていると格納扉が開く、目の前にはビルの残骸が多く遮蔽物から容易に飛び出すのは危険なステージだ。天井はホログラムで雨天を想定しており数多くの小さい穴から小雨を再現している。壁際には観戦できる部屋があり窓から人が眺めているのが分かる。観戦というよりは観察か……ADという製品を作るには莫大な資金がかかると改めて思い知る。

『これより、訓練を開始します。』

 ガイア・システムの音声が流れるとゴーグル内にカウントが表示される、それが3、2、1とカウントダウンが始まり開始のサイレンが鳴る。

 辺りは静まり返り、死角からの脅威に自然と警戒する。

 物音が何もしない、強いていうなら小雨の音がする。8mの機体なのだから足音ぐらい分かるはずだが……。

「まだ、動いてないな……。」

 つまりどちらかが動けば敵に位置を知らせる事になる、敵を探しに行く前には決着がつくという事だ。

 変な汗が体にじんわりと染み付いているはずだが、警戒と適度な緊張でその存在すら忘れる。

 操縦桿のトリガーに指をかけている間、右方向から音が聞こえる瓦礫を踏む重い音だ。

 だからと言ってここから動いては行けない、右方向を確認すると右に倒壊したビルがあり奥には穴の空いた建物が存在する、ビルの死角から飛び出すか奥の建物に身を潜めているかの二択になる。だが、そんなあっさり手の内を明かすとは思えない。まずは手前からビルの死角を確認しよう。敵は俺がただ前に進むだけだと思っているはずだ、あの時の態度を思い返してみれば俺を単縦で素人な人間だと思っているに違いない。

「水平跳躍力はどれくらいだ?」

『バッテリーやジェネレータをフル稼働すると6m程です。』

「飛び越えられるか?」

 手前のビル目掛けて走り込み窪みに手や足を引っ掛けて飛び越える、そして銃を撃ち込めば……。

「いない!」

『バカが、はやとちりも良いとこだ!』

 正解は奥の建物だった、中に急いで身を潜めたように思える。

「やばい……」

 リンダの機体は銃を撃つ、空中で右腕にあたり機能を停止する。足に当たらないだけまだ良い。

 急いで飛び越えたビルの遮蔽に入り身を隠す。

「銃は使えないしな……どうする……」

『エイジ・スガワラ、呆気なかったな。ここで勝ち取らせてもらうよ。』

 音声を最後にこちらへジリジリと近づく音が聞こえる、万事休すだが武器はまだ残っている。

 腰にあるナイフを左手に装備する。

「訓練用なだけあって切れないか……当てれば良いなら……」


 その様子を外野は見ている訳だが、どう見てもエイジが不利な状況であると分かる。

「何やってんだエイジのやつ!」

 マルコスは一人で騒ぐのに対し。

「これではエイジ軍曹の負けですね。」

 リーは静かに観戦していた。


 リンダはビルの死角に飛び込みエイジへ銃を喰らわそうとするがエイジの機体はリンダから距離を取っていた。

『遠い!』

 リンダがその存在に気づいた後ナイフがリンダの機体目の前まで飛んできた、反射的に左手で弾くと左手の機能を失った。

『上手く訓練用のシステムを利用したか……』

 銃を撃つが当たらない、左に体重が寄っている以上弾が逸れる。

『ダメだ……私にはニューラル・インターフェイスは合わないか……』

 リンダは姿勢制御を試みるが中々上手くいかない、これならば従来のガイア・システム頼りの機能の方が彼女にとっては合ってるのかもしれない。

「まだこっちで使い慣れている以上分があるか……」

 銃が撃ち終わるとその場に捨てこちらへ突進し殴る。

『おおおおおお!!』

 顔面への攻撃を避けカウンターを入れると見事に入った。

「ガラ空きだ!」

 さらによろめいた機体に容赦無く拳を打ち込むとリンダの機体は仰向けに倒れてしまう。

 その隙を逃さず馬乗りをしようとするとリンダ機の右手が動く。

『調子乗りすぎだ!』

 右手にはナイフが装備されており馬乗りされるのを狙ってコクピットに突き立てる。

 そのナイフを持った手を左手で抑えてギリギリの所で留まる、危うくコクピットにナイフが触れるとこだった。

 お互い機体は同じ、同じパワーの押し合いが続く。

「参ったな……進展がない……。」

『良い加減、当たれ!』

 落ち着いた性格のエイジに対しリンダは少しせっかちな性格である、これが勝負の駆け引きになるとは誰も知らない。

 リンダが痺れを切らし思い切りナイフを押すとその反動を利用しエイジは俊敏に立ち上がる、小慣れたニューラル・インターフェイス・システムの機能を使いより俊敏かつ柔軟に流れるようにリンダのナイフを蹴り飛ばす。

『がぁ!なんてこった!』

「勝負ありだ。」

 模擬戦はこれにより終了する、仰向けになった機体はコクピットを足で押しつぶされるというものだ。

 リンダの敗因はまずエイジの戦略を甘く見積もり過ぎた事が大きいのとAD-3からAD.E-MPに乗り換えて日が浅いことにある、何よりも今まで照準システムや体術などをガイア・システムに任せていたのだからそれに変わる慣れていないニューラル・インターフェイス・システムが彼女の足を引っ張ったのだ。

 とはいえ、彼女は歴戦の傭兵である事に変わりはない。彼女が使い慣れている機体であれば結果は変わっていたに間違いはないだろう。


 コクピットを開くと彼女も同時にコクピットを開く、スーツを開けて蒸れた汗を解放しているようだ。

「エイジ、あんたの強さを見くびってたよ。木端がどうとか取り消すさ。」

「いや、正直使い慣れてるこっちに分があった。実践だったら確実に負けですよ。」

「なら、今度はシュミレーターだな。実機特有のルールだからいけないんだ!」

 なんとなく彼女の性格が分かった気がする、多分負けず嫌いだ。

「まぁ、こんな私だがよ。これからもよろしくな隊長さん。」

「こちらもよろしくお願いします。」

 言い終わり方をするがこういう時に限って水を差す存在がある。

『敵影接近!ハンソン・ドロイド社に配備されたADは直ちに防衛行動へ移ってください。訓練中のADは装備を変更し警備に当たり迎撃準備を……』

 サイレンと共にアナウンスが響き渡る、時間は17時を差し掛かっている。

『エイジ!初号機に乗り換える時間はねぇ!機体の再調整を素早くして地上に上げる!早く戻って来い!』

「了解。」

 現在AD.E-1は地上の格納庫に収納されている。内部の敵を炙り出すために囮に使う手筈なので上手く事が運んでいて何よりだ。もう一つの囮であるAD.E-5はルナティック・ブラックナイツを釣るためにある、この二つの囮で敵が誰なのかをはっきりさせるのと戦力の低下を見込んでの事だ。AD.E-5を強奪したパイロットを上手く捕縛すれば情報も聞き出せる、あとは作戦を部下に伝えるだけだが……。

「エイジ!アンタが殴ったお陰でカメラがおかしい……私は機体を乗り換える、先に上へ行ってくれ!」

「了解です!」

 リンダは後から合流、アリエスタルとマヤに今回の作戦を伝える。念には念をと彼らには当日になるまで伝えてはいない。昇降機に登っている最中作戦内容を伝えるとしよう。


 ——一方でハンソン・ドロイド社の敷地外では多くのADが集結していた、月政府のADは少なく殆どが地球産のADだった。

『全PMCおよび自由傭兵諸君に伝達する!今回我々月政府軍はハンソン・ドロイド社の襲撃に入る!前線には月政府騎士であるルナティック・ブラックナイツに所属する精鋭バルトン・シミラス、キッカー・エルが先陣をきる!目的は地球政府軍の新型であるAD.E-5という機体だ、この機体を回収し戦艦に収納されるまでの間の護衛および揺動をして欲しい!敵の撃破数に応じ報酬を加算する、記録データは常につけたままにしろ!敵は地球軍のAD-3以外にもAD.E-MPという新型マスプロダクトの機体も配備されるようだ。尚、敵の機体パーツ等は回収しても構わない、新型の回収に成功および戦闘領域の離脱まで出来たら自由解散だ!諸君らの働きに期待する!』

「全く……仕事は選んでられないとは言え、変な依頼を受けてしまったもんだ……。」

『聞こえるか?貴様は前線で揺動だ、エルノア・カルティス。』

「了解だ。」

 娘の治療費のためなら手段は選ばんさ。


 EP.19へ続く……。

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