第32話 有償依頼

 十月に入り、僕の私生活はそれなりに忙しくなった。

 まず冬のコミックカーニバルで配布するためのイラスト集作成。既存のものと新しく書き下ろして結局合計三十枚のイラスト集となる。

 タイトルはサークル名と同じ未確認生物リオネルとした。

 もう一つが美琴のロム写真集の編集だ。これはなかなかに難航しそうだ。美琴の画像はどれも魅力的なので取捨選択が厳しい。

 二つの締め切りを十月二十日とした。

 イラスト集の印刷は理央の知り合いの印刷所に頼むことになった。

 費用は全部こみこみで十万円近くかかることになる。けっこうな出費だが、僕が半分、理央と美琴が残り半分を担当してくれた。


 仕事以外の休日のほとんどは編集にあてることにした。

 十月上旬のある日の仕事終わり。

「先輩、なか卯いきませんか?」

 白石澪がひさしぶりに僕を食事に誘ってきた。

 最近彼女も忙しそうでこういうのはかなりひさしぶりに思えた。

 僕は頭の中のスケジュールを確認する。

 この日は理央は仕事で美琴も家にはこない。

 夕食は近くのスーパーで総菜でも買おうかなと思っていた。

「ああっいいな。行こうか」

 僕は承諾する。

 なか卯の親子丼は僕の好物の一つなんだよな。

「じゃあ着替えてきますね」

 澪はそう言い、ロッカールームに入る。

 僕はすでに作業服から私服に着替えていた。私服といってもスポーツウエアの上下だ。

 五分ほど待つと白石澪がロッカールームから出てきた。白と黒のボーダーシャツにショートパンツというスタイルであった。白石澪のむちむちボディによく似あう。

 ボーダーシャツがやたらとぴっちりしている気がするが目の保養としよう。

「お待たせしました先輩」

 五分なのでそれほど待ってはいない。むしろ五分で着替えてメイクを仕上げている白石澪に感心する。そういえばモデルのバイトを始めたといっていたな。そのバイトでつちかったスキルだろうか。


 僕たちは会社近くのなか卯に立ち寄った。

 時刻は午後六時前と夕食には少し早い。店のなかは結構空いている。

 僕は券売機で親子丼と野菜サラダ、みそ汁を購入する。

 白石澪は牛すき焼き丼を頼んだ。

 テーブル席が空いていたので僕たちは向かいあって座る。

 メニューはすぐに運ばれてきた。さすがなか卯だ。

 親子丼の出汁の匂いが鼻孔をくすぐる。いい匂いだ。

 親子丼を嫌いな人間なんてこの世にいるのだろうかと思う。


「先輩見てくださいよ」

 白石澪はトートバックから一冊の雑誌を取り出す。

 ぺらぺらとめくり、とあるページを開く。

 そこには美味しそうにトーストを食べる白石澪が写し出されていた。

 なかなか可愛い写真だ。

 最近写真を本格的に始めた僕にはこの写真の良さがわかるようになった。被写体は可愛く、料理は食欲をそそる。

 見開きのページには壁に貼られている映画のポスターを見る白石澪がいる。これもいい写真だ。おもわず見惚れてしまおうほどだ。

 白石澪は十分にグラビアモデルとしてやっていけると思わせるほどその画像は魅力的であった。願わくばビキニのグラビアも見たい。

 同僚の後輩にエロい妄想をしてしまう。

「いい写真だね」

 ビキニ姿で微笑む白石澪の妄想を頭の奥に追いやり、僕は当たり障りのない感想をのべる。

 それでも白石澪は嬉しそうに微笑んでいた。


 僕と白石澪は雑談しながら食事をとる。やはりなか卯の親子丼は至高だ。

 この味は家では出せない。

 理央の作る親子丼もうまいが、やはりなか卯は一枚上手だ。

 まあインスタントやスーパーの総菜ばかり食べていた僕がどの口でいうんだとは思うんだけどね。

「ねえ先輩、相談があるんですけど」

 牛すき焼き丼をあらかた食べきった白石澪が僕の目を見る。

 くりくりした可愛い目に見つめられるとドキリとしてしまう。

 さきほどのエロい妄想が僕の感情を白石澪に引っ張られる。

 ほんの一瞬だが白石澪が脳内を支配した。

 いつもは理央が大部分を占めている脳内のスペースに白石澪がくいこんでくる。ちなみに美琴の脳内スペースは別部屋である。

「何?」

 僕は短く返事する。

 視線はテーブルの上に乗る白石澪の巨乳にそそがれる。この際目の保養に勤めさせてもらおう。

 エロい目で見られるのが嫌なら白石澪は僕を食事やプールに誘わないだろう。

 もしかすると僕が望めばエロ漫画的展開もあるかもしれない。

 でもデメリットがでかそうなので妄想だけにとどめる。


「私、インスタグラムとかTikTokやってるんですけどそのアイコンがこれなんです」

 白石澪は僕にiPhoneを見せる。シルバーのシンプルなものだ。

 画面はインスタグラムのものでそのアイコンは白石澪の自撮りであった。

 くりくりとした目が印象的な可愛いアイコンであった。

 驚いたことにフォロワーが九千人近くいた。

 あげられいる画像はいろいろな服を着た白石澪であった。

 彼女はファッション系インフルエンサーになろうとしている。

 聞けばTikTokのフォロワーは一万人を越しているという。

 正直すごいな。

「できたらアニメイラストのアイコンが欲しいんですよね。自分をキャラクター化したようなのが良いんですけどね。アイキャッチとかに使いたいんですよ」

 白石澪は僕にアイコンイラストを依頼してきた。

 代金はここの食事代でどうですかという。

 うーん、これはもしかして有償依頼というものか。

 描いてあげてもいいけどもう一声欲しいな。

「餃子の王将もおごってくれたら受けるよ」

 僕は付け加える。

 餃子の王将の餃子も好物の一つだ。あれも店でしか味わうことができない。

 なぜか白石澪は嬉しそうに微笑んだ。

「それってまた私と食事したいってことですか」

 白石澪は別の意味で受け取った。

 まあこの際勘違いしていてもらおうか。


 そういうことで僕は白石澪のアイコンイラストの有償依頼を受けることになった。

 イラスト集とロム写真集の編集があるのに仕事を受けてしまった。

 さらに自宅に帰るともう一つの依頼が舞い込んできた。

 それは白石澪と違い正式なものであった。

 依頼主はあの作家でシナリオライターである竹河不由美からのものであった。

 十二月発売のサブカル情報誌で竹河不由美はエッセイを連載することになった。

 そのエッセイに添えられるイラストを依頼されたのだ。

 僕は前向きに検討しますと政治家みたいなラインメッセージを返信した。

 受けようとは思うが明らかにオーバーワークになりそうだ。

 ここはひとつ理央に相談すべきだろう。

 僕は一旦保留した。

 竹河不由美からはいい返事を待っているわとメッセージが返ってきた。

 僕もいい返事をしたいと思う。

 

 

 

 

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