第29話 美琴のコレクション

 美琴と映画を見たそのあと、久しぶりに実家に泊まることにした。

「たまにはパパやママに挨拶したら」

 美琴は僕にそういった。

 僕の両親はもうこの世にはいない。父は中学生のときに母は二年前に鬼籍にはいった。美琴がいるので天涯孤独っていうわけではない。それに母方の祖母も祖父も健在だ。滋賀県に住んでいるので会うのは年に二、三回といったところか。

 

 僕の実家は南海堺駅から歩いて十分ほどのところにあるマンションであった。今はそこに美琴一人で住んでいる。

 美琴は実家近くの喫茶店で働いている。人前にでるのは苦手なので主にホールで調理をしている。たしかその喫茶店の名前はレザボア・ドッグスといったかな。

 店の人には美人だから表に出てほしいといわれるらしいが、美琴はかたくなにことわっている。


 この日の晩ご飯は美琴がお好み焼きをつくってくれた。山芋入りのふんわりしたお好み焼きだ。これは生前母が良く作ってくれたものだ。

 僕はリビングの端にある棚におかれた二つの位牌に両手をあわせる。

 自分に彼女というものができたと心の中で報告した。

 美琴特製のお好み焼きを堪能したあと、僕はお風呂に入った。

 分譲マンションの無個性なお風呂だったがそれすら懐かしい気分になった。

「ねえお兄ちゃん。ぼくのコレクション見てよ」

 美琴は僕の手をひき、自分の部屋にいれる。

 美琴はタンクトップにショートパンツという姿であった。美琴のスタイルの良さがよくわかる服装であった。タンクトップがぴっちりとしているので胸の形がよくわかる。本当に目のやり場にこまる装いだ。

 もう何千回目かはわからないが、どうして実の妹なのだと思った。

 だけど実の兄でなければここまで好かれなかったかもしれない。

 かつて美琴が心を病んだ時、兄だから近くにいれた。

 赤の他人だったら近くにいれずに美琴は今でもうつ病にくるしんでいたかもしれない。人生とはままならないものだ。

 僕は彼女ができずに三十歳をこえたら、このまま美琴のそばにいることにしようと考えていた。

 理央とつきあうことになってその考えはなくなったけどね。

 もしかしたら美琴とずっと一緒にいる世界線があったのかも知れない。

 そう思うと理央との再会は人生のターニングポイントといっても過言ではない。


 僕が部屋にはいるとふんわりと甘い香りがする。

 それは美琴の香りであった。たしか愛用しているボディクリームの香りだったかな。

「ほら見てよ、お兄ちゃん」

 美琴は天井までとどく高さの本棚を指さした。壁一面本棚でうめつくされている。

 地震なんかで倒れたらと思うと背中に冷たい汗が流れる。

 その本棚にはライトノベルやアニメのBlu-ray、ゲームのパッケージ、コミックなどが所狭しと並べられている。

 それらはすべてが妹がヒロインの創作物であった。

 僕はざっとタイトルを確認する。

 一世を風靡した名作アニメ「妹と神秘の世界」

 優秀な妹と平凡な兄の日常を描いたライトノベル「妹には敵わない!?」

 全ヒロインが妹という成人向けゲーム「お兄ちゃんといつも一緒にいたいの♡♡」

 映画にもなった文芸小説「ひとひらの約束」

 などなどであった。

 美琴の部屋にあるコンテンツは全てが妹がヒロインのものであった。

 うつ病がなおったのはいいが、これでいいのだろうかという疑問が頭をよぎる。

「ほら見てよ」

 美琴は五十センチメートル近くあるおおきなフィギュアを両手で大切そうにかかえる。それを自慢げにみせてくる。

 それは「妹には敵わない!?」の太刀川たちかわ春樹はるきであった。そのほかにも棚にはそれぞれの作品の兄のグッズが置かれていた。

 美琴は自分の欲求をフィクションで発散しているということだろうか。

 若干ひきそうになったが僕はぐっと引きとどまる。

 そうだ人の好きは否定してはいけない。

 クリエイターを志すならそれはやってはいけないことだ。


 僕は妹と神秘の世界のコミック版を手に取る。たしか作画は新進気鋭の漫画家でイラストレイターである目黒美々だったかな。写実的で繊細な絵柄が特徴的だ。特に下着の描写に定評がある。全部見えるよりもエロいとネットでは評判だ。

 ヒロインである観音寺芽衣かんのんじめいの作画は美琴がいなけらば口づけしたくなるほど魅力的であった。

「目黒先生の芽衣は神がかっているな」

 僕は正直な感想を美琴に伝える。

 僕の言葉をきいて美琴は満面の笑みを浮かべる。


「もしかして美琴って観音寺芽衣かんのんじめいとか太刀川美咲たちかわみさきのコスプレしたったのか」

 僕は美琴のコレクションを見てそう考えた。

 僕はコレクションを見せた美琴の気持ちをそう受け取った。

「うーん、それもちょっとあるけどちょっと違うかな」

 美琴は太刀川春樹のフィギュアを大事そうに抱えながら床に座る。

 僕はその隣に座る。

 こうして実家で話しこむのは久しぶりだ。

 美琴が仕事を辞めてすぐの頃はよくこうして隣に座り、一緒にアニメを見たものだ。

「太刀川春樹君も観音寺瞬君も素敵だけどやっぱり人のものなのよね」

 美琴はじっと僕の顔を見つめる。実の妹ではあるが美人に見つめられると恥ずかしい。

「いつかお兄ちゃんがオリジナルの妹キャラを創作してくれたらそのコスプレをしてみたい。アサシンバニーガールもミス上海も理央さんがモデルなんでしょう。私も自分がモデルのキャラが欲しいわ。だってお姉ちゃんだけだなんてずるいわ」

 こてんと美琴は僕の太ももに頭を乗せる。ちょうど膝枕する形になる。

「わかったよ美琴。冬のコミックカーニバルには間に合わないかもだけど美琴をモデルにしたオリジナルのキャラクターを創作するよ。それで美琴がそのキャラのコスプレ写真集を頒布しよう」

 僕が言うと美琴は約束だよと小指を差し出す。

「じゃあお兄ちゃん指切りげんまんだよ」

 僕は美琴の小指に自分の小指をかける。

 美琴はリズムにあわせて小指をふる。

「指切りげんまん嘘ついたらお兄ちゃんの赤ちゃんは〜らむ♫」

 えっなんか後半とんでもないことになっていなかったか。

 

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