34話 次なる舞台
カオリが目覚めると、愛おしい人の腕の中にすっぽりと収まっていた。身長は同じくらいだが、着痩せしているようで、やはり筋肉質なのだなとカオリは感じた。愛おしい人の寝顔と、香しい匂いを堪能しながら、カオリは女の喜びを噛み締める。
「……おはよう」
気配を察したのか、ナツメがゆっくりと目を開けた。これ以上寝顔を見ることができないのが、カオリには少し口惜しく感じられた。
「正妻様との兼ね合いもあるし、これからは薬を飲まねぇ日も増やせねぇもんか」
カオリは冗談めかしてナツメが男性として振る舞うことができる日が増えることを願った。しかし、返ってきたのは、意外な返事だった。
「もうじきに、そうなる日がくるかもな」
ナツメが神妙な顔をして、カオリに見せてきたメールには、こう書かれていた。
『来月に開催されるアメリカ横断チームレース「トランザム」に参加せよ。その結果をもって計画を次のフェーズに移す』
メールの文面と、ナツメの緊張した様子から見るに、彼の正体を明かす日が具体的に決まったのだろう。少し面白くないカオリは、ナツメの顔を自分の胸に抱き寄せた。
「うわ、急になに?」
驚くナツメに対し、カオリは豪胆な発言をした。
「もう一回やって、ひとっ風呂浴びるぞ」
「え、えぇ?」
照れるナツメを、カオリは笑い飛ばした。
「もう元気じゃねぇか」
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翌日のチームルーム。
ナツメは、エリとシェリーに、カオリをチームに加入させること、そして来月開催される「トランザム」へ参加したい旨を伝えた。
エリは何も言わなかったが、その視線は、ずっとナツメを射抜くように見続けていた。
「えっと、レースには興味ない?」
ナツメは、エリがなぜ怒っているのか分かっていながら、話をそらそうとした。
「いくら状況を受け入れたとはいえ、嫉妬しないとは言ってませんからね」
エリは、恐ろしく低い声で伝えた。それを受けてシェリーは、深く溜息をついた。
ここにカオリもリリアもいないことが、せめてもの救いだった。
「オレがその場にいないことが、旦那様への最大の援護だろうさ」
カオリが言っていたその言葉が、今更ナツメの身に沁みてわかる。
謝ることもできないので、ナツメはただ、沈黙を守っていた。見かねたシェリーが口を開く。
「状況は最大限、汲み取ろうとは思うが、汝にも誠意は尽くしてもらいたいものだな。ああ、もちろん、お土産の話ではないぞ」
数々のお土産を机に乗せていたナツメは、内心舌打ちをした。
エリは、真剣な表情でナツメに問い掛けた。
「では、性別を公表した後の流れは、予測ではどうなっているんですか?」
ナツメは、しぶしぶお土産を紙袋に片付けながら、答えた。
「パシフィックに残れるかどうかは、正直読めない。カオリは功績を鑑みたら除籍にはできないだろうとは言っていた。コンペへの参加は主催の意向によってかなり左右されるだろうとも」
エリは、その言葉の意図を正確に読み取った。
「カオリさんの加入は、チームメンバーが欠けることへの布石でもあるわけですか」
「ついでに言うなら、リリアもカオリもタイトル保持者だ。その発言権は、少なくない影響を持つ」
エリとシェリーが、口々に状況を整理する。その二人の視線には、事態の深刻さを理解する冷静さが宿っていた。
「軽蔑する?」
彼女たちとの関係性は、純粋な好意によるものだ。しかし、事情を知らない傍から見れば、
「ふん。むしろ頼もしい限りだな」
「正直面白くはないですが……。ここまでするなら、世論を扇動する手管くらい整えておいてくださいよ」
鼻で笑うシェリーと、皮肉を言うエリ。悪友めいたやりとりに、ナツメは少しだけ元気をもらえた。
「簡単に言ってくれるな」
「それはそうと、トランザムにはあまり詳しくないのですが、かなりの航続距離が要求されるレギュレーションですよね?クルセイダーで対応可能なのですか?」
エリの問いに、ナツメは淡々と答えた。
「ああ。クルセイダーの換装プランを試すようだ。近接性能は低下するが、航続距離が伸びるらしい。それにともなって、一度ラボに戻ろうと思う」
エリは、首を傾げた。
「ラボ?」
「ああ。カリフォルニアにあるんだ。私の、生まれ故郷が」
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