第15話 わたしの秘策

入間基地襲撃事件は、ニュースではごく簡潔にしか公表されなかった。その背後にある深い闇は、まだ世間には知らされていない。ナツメたちの貢献は深く感謝されたものの、秘密保持の観点から緘口令が敷かれ、彼らの活躍は一部の関係者のみが知るものとなった。




しかし、ナツメが「シューティングスター」のタイトルホルダーとなったことで、学園内では次なるタイトル戦への注目がにわかに高まっていた。その目標は、学年問わず参加することができる団体戦「グランドマスターズ」。全学年の精鋭たちが一堂に会する、権威ある大会だ。制限時間は15分。フィールドには3つの拠点が設けられ、それぞれのスタート地点付近に1つずつ、そして中間地点に1つ。より多くの拠点を占拠したチームが勝者となる、陣取り合戦だ。




新入生チームであるエクリプスが、この権威あるタイトルに参戦したことで、学園内では賛否両論が飛び交った。擁護派は、稀代の名勝負になった「ニューオーダー」での彼らの活躍を引き合いに出し、その実力を高く評価する。また、洋上プラント攻略戦での活躍を知る教官の中には、エクリプスに大きな期待を寄せる者も多かった。




エクリプスの三人は、これまで以上に練り上げられた連携を発揮し、順当にトーナメントを勝ち進んでいく。そして、決勝戦へと進出した彼らを迎える会場のボルテージは、最高潮に達していた。




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決勝前夜のチームミーティング。ナツメは、昨年の優勝チームである「疾風迅雷」のリーダー、アマネ・コウサカの奇策を警戒していた。強襲型の鳴神、重装高火力の征嵐、軽量でスピード重視の疾風、これら3機のドレスも強力だ。それぞれが明確な役割を持つ練り上げられたチームは、一筋縄ではいかない。




「アマネの用兵術は隙がない。我々がイニシアチブを奪うには、相当な奇策が必要となるだろう」




ナツメの言葉に、エリは迷わず進み出た。




「あの……わたしに、考えがあります。ライトニングパッケージを使いましょう」




ナツメとシェリーの視線が、エリに集まる。




「開幕と同時に、わたしがライトニングパッケージで敵に奇襲をかけます。彼らは空戦に特化した戦力を予想しないでしょう。その隙に、ナツメさんとシェリーさんは拠点Bへ向かってください」




エリの提案は、大胆だった。いままで、ライトニングパッケージの存在は公にはされていない。しかし、この意表を突く切り札をきるタイミングは今において他にない。策士アマネからイニシアチブを奪うには、これ以上ない一手だった。ナツメは静かに頷いた。




「よし、エリ。その策でいこう」




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グランドマスターズ決勝戦のカウントダウンがゼロになった瞬間、フィールドに爆音が響いた。


開幕と同時に放たれたのは、山吹色の閃光。ミラージュ:ライトニングパッケージが、轟音を上げて疾風迅雷のスタート地点へと一直線に突っ込んだ。




「何っ!?」




想定外の航空戦力による奇襲に、疾風迅雷の面々は度肝を抜かれた。リーダーのアマネ・コウサカが駆る鳴神が咄嗟に反応し、後衛のミツコ・アサクラの征嵐と、セツナ・クガの疾風を庇うように動く。それでも、エリは果敢に攻め込み、ミツコの征嵐に牽制射撃を浴びせ、セツナの疾風を一時的に足止めした。




しかし、さすがは去年の覇者。動揺しつつも、脱落者を出すことなく最初の拠点Aに到着する。ミツコの征嵐を拠点Aに残し、アマネの鳴神とセツナの疾風は中間拠点である拠点Bに向かった。




だが、拠点Bには、すでにナツメのクルセイダーとシェリーのドレッドノートが待ち構えていた。エリの最初の奇襲によって進軍が遅れたためだ。




拠点Bはエクリプスのものとなったものの、実力は伯仲する。シェリーのドレッドノートとアマネの鳴神が互角に渡り合い、ナツメのクルセイダーはセツナの疾風を追い詰める。じりじりと時間が過ぎていき、残り5分となったところで、アマネは冷静に指示を飛ばした。




「セツナ、拠点Cへ向かえ!」




これこそが進軍速度の違う疾風迅雷の三機を有効活用する手段であり、すべての機体を最大活用するためのアマネの用兵術だった。アマネ自身は、ナツメのクルセイダーとシェリーのドレッドノート、二機を相手に死にもの狂いで足止めをする。




「了解!」




セツナは最速で拠点Cへと向かう。待ち構えているであろうミラージュを警戒しつつも、持てる最大の速さで拠点Cに到着したセツナ。無事に拠点を奪取できたことに胸を撫でおろしたが、わずかな引っ掛かりを感じた。




「最初に見た、あの航空戦力……どこへ消えた?」




ミツコはセツナの通信を受けて、改めて上空を警戒する。アマネは依然として二機を引き付けており、鳴神は満身創痍の状態だった。エクリプスが優位である拠点Bに、三機が集結するとは考え難い。




残り1分。




その時だった。


突如として、拠点Aに残っていたミツコの征嵐が、強烈な狙撃を受けた。




「何ですの……!?」




エリのミラージュ:ライトニングパッケージは、最初の奇襲の後、早々にモジュールを放棄し、拠点Aのエリア外ギリギリでステルスを展開し、息をひそめていたのだ。エリは、この秘策の最後の一手を打つ。


1発目の頭部への着弾から、エリは一切手を緩めることなく、次々と征嵐の装甲の脆弱な関節などを撃ち抜く。その精密かつ苛烈な狙撃に、あっけなく征嵐に撃墜判定が下った。エリはそのまま速やかに拠点Aを奪取する。




無常にも制限時間が訪れ、拠点Aと拠点Bを占領していたエクリプスが、見事優勝を勝ち取った。


連覇を夢見ていたアマネは、その場に崩れ落ち、エクリプスの秘策、エリの奇襲と最後の伏兵を見抜けなかったことに対して、歯を食いしばって悔しがった。






盛大な拍手と歓声の中、表彰台に上がるエクリプスの三人の姿があった。チームとして初めて手にしたタイトルは、全学年参加の「グランドマスターズ」というAクラスタイトル。それを、新入生の彼らが獲得したことに、世間は大いに賑わうこととなった。


彼らの名は、学園の歴史に、そして日本のドレス界に、確かな輝きを刻んだのだ。

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