第10話 私は別に怒ってないよ

「シューティングスター」個人戦は、各地で熱戦が繰り広げられていた。ナツメは、これまで通り安定した戦いぶりで順調に準決勝へと駒を進める。次の対戦相手は、パシフィック校の新入生の中で次席になった者らしい。ナツメの耳には、その名はまだ届いていなかった。


決勝トーナメント会場の熱気が高まる中、ナツメの前に現れたのは、メインカラーがサルファーイエローのドレスだった。その名に違わぬ蜂のような意匠を持つ機体は、「ホーネット」。装者は、ユリコ・イスルギ。


戦いが始まると、ホーネットは瞬時に自立型ドローンを4基展開させ、一斉にナツメのクルセイダーにけしかけた。ドローンからの多角的な射撃が、予測不能な軌道でナツメを襲う。


「こんなに早く貴方に借りを返せる機会がきたことを、感謝しなくてはなりませんね」


ユリコの声が、通信を通してナツメの耳に届いた。ナツメは軽く首を傾げる。


「私と君は初対面のはずだが?」


「次席のわたくしを差し置いて目立つなんて、不遜が過ぎるとは思いませんか、ナツメ・コードウェル」


ユリコの言葉には、明らかな敵意が込められていた。ナツメは、素直に返答する。


「すまない。君がニューオーダーに出場していたなんて知らなかったよ」


ナツメの眼中にもないかのような言葉に、ユリコはカッと頭に血が上るのを感じた。しかし、次の言葉で相手を完璧に追い詰めることができるという確信が、すぐに冷静さを取り戻させた。ユリコは、優雅な笑みを浮かべる。


「しかし、わたくしが親切心であの子をみんなから遠ざけていたのに、貴方があの子をチームに引き入れるから、決勝で負けてしまうんですよ?」


ユリコの唐突な発言に、ナツメは本当に分からなかったというように首を傾げた。


「エリ・ホシノ。あんな灰被りに肩入れするなんて、貴方もセンスがない」


ユリコは嘲笑うかのように高笑いをした。その笑い声には、悪意が満ちている。


「君がエリの孤立を煽ったということか」


ナツメの言葉に、ユリコはわざとらしく身をすくめてみせた。


「いやですわ、そんなわたくしが犯人かのような物言い。ですが、あの子にはひとりぼっちで、すみっこにいるのがお似合いだと思いませんこと?」


ユリコは再び、高らかに笑う。その声が響き渡る中、突如、ナツメが声をあげて大きく笑い始めた。予想外の反応に、ユリコの表情が凍り付く。


「……なにがおかしいのですか?」


ユリコの声には、明確な苛立ちが混じっていた。


「いや、失敬。私は君に感謝しないといけない」


ナツメの言葉に、ユリコは訝しげに眉をひそめた。


「は?」


「君の涙ぐましい努力のおかげで、私はエリとチームを組むことができたのかもしれないな。後で菓子折りを手配しよう」


ナツメは心底楽しそうに言う。ユリコは思わず声を荒げた。


「貴方、思っていたよりもいい性格してますわね!」


「そんなに褒められると、流石の私も恐縮してしまうな」


ナツメは、悪びれる様子もなく微笑んだ。


無言で、ユリコは攻撃の手を強めた。会話の最中も、ドローンはナツメのクルセイダーを執拗に攻撃していたが、その動きはさらに激しくなる。四方八方から放たれるレーザーが、ナツメを追い詰める。


「おしゃべりはおしまいかな。まだ2分もあるから、そんなに急ぐ必要はないよ」


ナツメの挑発的な言葉に、ユリコは怒りで顔を歪ませた。


「減らず口を!」


ナツメはようやく口を閉じ、戦闘に専念し始めた。ユリコには感謝しなくてはならない。だから、少しだけサプライズを用意してあげることにした。


クルセイダーのジェットが唸りを上げ、すさまじい速度でドローンに追いすがる。バレーボールのスパイクのように、あるいはサッカーのシュートのように、ナツメは1つ1つのドローンに追いつき、まるで遊んでいるかのように叩き落としていく。残るドローンは1基。ナツメはそれを捕まえると、武装と推進パーツを無慈悲にむしり取り、それをユリコに差し出した。


「ありがとう、楽しい遊び相手だったよ。みんな、いなくなっては君が寂しがってしまうと思うから、最後の子は返すよ」


ナツメの言葉と、目の前で破壊されたドローンの残骸に、ユリコは思わず「ひっ……」と息を呑んだ。


「あなた……怒ってますの?」


ユリコの声が、わずかに震えている。


「怒ってないよ」


ナツメは涼しい顔で答える。


「怒ってますわよね?!」


ユリコは半ば悲鳴のように問い詰めた。


「怒ってなんてないったら。ただ……君みたいな子は、少し可愛がってあげてもいいかな、なんてね」


ナツメの口元に、冷たい笑みが浮かんだ。その瞬間、ユリコの悲鳴が響き渡った。


「残念、もう時間みたいだ」


クルセイダーのディスプレイに、制限時間が残り30秒を切ったことを告げる表示が点滅する。ナツメはホーネットに突撃すると、その腹部を正拳で打ち抜いた。ホーネットは数メートル吹き飛び、地面にダウンする。


ナツメは、決勝進出を決めた。


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準決勝の戦いを観戦していたエリとシェリーは、その一部始終をモニター越しに見ていた。

シェリーは、隣で呆然としているエリに声をかけた。


「……知り合いか?」


シェリーの問いかけに、エリはげんなりした表情を浮かべた。エリにこんな表情をさせる相手とは、ただ者ではないなと、シェリーは内心感心した。


「ナツメって、あんな意地悪な感じになることもあるんですね……」


エリは、呆然としたまま呟いた。シェリーは、エリの「意地悪」という場違いな表現に一瞬眉をひそめたが、すぐに流した。


「意地悪?まあいい。初対面でナツメが我を煽り倒したのを忘れたのか?」


「あぁ……そういうこともありましたねぇ……」


エリは遠い目をしながら、妙に納得したように答えた。


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同じく準決勝を観戦するアストラルの三人も、ナツメとユリコの対戦に釘付けになっていた。


「うわ、あいつ、僕のナツメにウザ絡みしてる。相変わらず気持ち悪いなぁ」


リリアは、露骨に嫌そうな顔で呟いた。


「その発言も大概ですよ」


キャシーは冷静にツッコミを入れる。アンは、事の顛末が理解できず、リリアに尋ねた。


「知ってる人なんスか?」


「イスルギ重工のぼんくら娘だよ。たちが悪いことに、次席なんか取っちゃってさ。あんなへっぽこが次席だなんて、僕までコネを疑われていい迷惑だよ」


リリアの言葉に、キャシーは再び苦笑した。


「気持ちはわかりますが、大概な発言ですよ」


アンは、目の前の光景が理解できないまま、混乱したようにモニターを指差した。


「なんであの人、ずっと棒立ちだったんスか?!ねぇ、なんで?!」

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