第6話 秘策はある
「ニューオーダー」決勝トーナメントの朝。学園のブリーフィングルームで、チーム「エクリプス」の三人は、決勝に向けて最後のミーティングを行っていた。エリは、ホロディスプレイにデータを映し出し、真剣な面持ちでナツメとシェリーに語りかける。
「アストラル以外の相手であれば、これまでの戦法とフォーメーションで高い勝率が見込めます。データ上、ほぼ問題ありません」
エリの分析は常に的確だ。ナツメとシェリーは、その言葉に静かに頷く。しかし、エリの表情はすぐに曇った。
「問題は、アストラルです。彼らは空戦特化のドレス三機編成。私たちの中で空戦可能なのはクルセイダーのみ。ミラージュの長距離狙撃も、高速で動き回る空戦ドレス相手では決定打になりにくい。何をするのにも主導権は常にあちら側にあります。……正直、アストラルと戦う際の有効な対策が、私には思いつきませんでした」
エリは悔しげに唇を噛んだ。これまで数多の戦術課題を攻略してきた彼女にとって、策が見いだせないというのは、言葉にできぬほど悔しいことだった。
ナツメはエリの言葉に静かに頷いた。
「エリの分析は正確だ。アストラルを相手にするのは、確かに厳しい戦いになるだろう」
ナツメはそう前置きしながらも、毅然とした態度で続けた。
「だが、付け焼刃ではあるが、対策がないわけではない」
その言葉に、エリは顔を上げた。ナツメが何か策を秘めていることは予感していたが、果たしてどんなものなのか。
「ただし、それでも勝率は半分にも満たないだろう。良くて三割といったところか」
ナツメの見解は冷静だった。それでも、エリはナツメの提案する作戦を聞いて、驚きのあまり声を失った。そんな発想が、果たして自分にあっただろうか。
対照的に、シェリーは不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。勝率が格段に跳ね上がるんだろう?ならば文句はない」
シェリーの瞳には、久しく感じていなかった強者との戦いへの喜びが宿っていた。
ニューオーダーの決勝戦会場。大観衆の熱気がドーム全体を包み込む。予選を全勝で勝ち上がったチーム「エクリプス」と、圧倒的な実力で勝ち進んできた優勝候補「アストラル」は、順当に決勝まで駒を進めていた。両チームのドレスが中央のフィールドに現れると、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
いよいよ決戦の火蓋が切って落とされた。
開始のブザーが鳴り響くやいなや、エリは迷わずシェリーの駆るドレッドノートの背によじ登った。ドレッドノートは、その巨体に見合わぬ速度で、アストラルから距離を取り始めた。ミラージュの長距離狙撃銃を背負ったエリの姿は、まるで騎馬の背に乗る弓兵のようだ。
アストラルの一員、アン・レヴィは、エリとシェリーの奇妙な連携を見て、即座に判断を下した。彼女の愛機「イフリート」は、空戦に特化した高性能ドレスだ。
(いかにドレッドノートの耐荷重に余裕があり、速度がそれなりにあるといえど、流石に100%の力が発揮できる状況にはないはずっス。これはチャンス――!)
アンはチームメイトの判断を仰ぐことなく、単独でドレッドノートの背を追った。
その様子を見たリリアは、ナツメが何か策を伏せていることは理解していたが、アンがこの状況で簡単に止まるような人物ではないことも熟知していた。リリアはすぐさま「ハイドラ」を加速させ、チームメイトのキャシー・フロストの駆る「イカロス」と共にアンの脇を固めるように追従した。
ドレッドノートの背に乗るエリは、普段と異なり、決定打としての狙撃ではなく牽制射撃に努めた。走行中のドレッドノートの上からの射撃で、高速で動き回る空戦ドレスに直撃させることは不可能に等しい。そして、ナツメの秘策の要は、エリとシェリーが相手の注意をいかに引きつけ、時間を稼ぐことができるかにあった。
火力と速度を両立させたイフリートの猛攻が、ドレッドノートに襲いかかる。エリは次々と繰り出される弾幕に冷や汗をかくが、その時だった。
突如、イフリートの主翼が弾け飛んだ。
何が起こったのか、誰もが理解するのに一拍遅れた。密かに上空をとり、奇襲の機会を窺っていたナツメのクルセイダーが、全速力でダイブし、まるで特撮ヒーローが放つような飛び蹴りをイフリートに叩き込んだのだ。
リリアとキャシーは当然のように、唯一空戦可能なナツメのクルセイダーを警戒していた。しかし、人間離れしたマニューバで弾幕を回避し、ここぞというところでクルセイダーの重装甲に任せて被弾しながら最短距離を翔けるナツメを止めることは不可能だった。
まさかの肉弾攻撃を仕掛けられ、驚愕するアン。だが、彼女は天性のセンスで、ナツメが意図的にロックオン機能を切ってこの攻撃を当てたことに気づいた。ナツメが射撃という手段を取らなかったこと、そして最後までクルセイダーに対してイフリートのアラートが反応しなかったことが、その証拠だ。
失態を取り返そうと銃を構えるアンだったが、リーダーのリリアからは無情にも棄権と離脱の命令が下される。
「アン、離脱しろ!」
反射的に反論しようとするアンだが、片翼を失い、地に落とされた状況で、エクリプスに所属するドレッドノートとミラージュの地上戦力に対抗できる手段は残されていないことを悟った。アンは悔しげに歯噛みしながらも、大人しく命令に従い、フィールドから離脱した。観客席からは、予想外の展開にどよめきが響く。
リリアは命令通りに棄権したアンに、静かに頷いた。これでアンも、状況が理解できたようで何よりだった。しかし、リリアだけは理解していた。これは模擬戦であるが故に、主翼の破壊という生温い攻撃で済んだのだ。もしこれが実戦であれば、ナツメの蹴りによってアンの胴体は蹴り破られ、無惨に死んでいたことだろう。リリアにとって、手加減を受けて残った戦力を戦いに投入するなど、決して許せることではなかった。
とは言え、リリアとてやられっぱなしでは終わらない。ナツメにどれほど卓越した技量があっても、アンを撃墜した後に戦線に復帰するまではほんの一呼吸あるはずだ。三機しかいないアストラルの戦力のうち一機を落とされたのは痛手だが、まだ勝負はこれからだ。開幕から今までは、ナツメの策によってアストラル側の全ドレスの立ち位置をコントロールされてしまったが、ここからはそれを取り返す。
リリアはドレッドノートとミラージュに対してキャシーを先行させ、自身はハイドラの背面飛行でナツメに射線を合わせながら追従する。
一切射撃をすることなく、その機体が空気を切り裂くように距離を詰めてくるキャシーの「イカロス」に、エリは戦慄を覚えた。攻撃を受けているわけではないにもかかわらず、キャシーの飛行から尋常ではない気迫が伝わってきたからだ。
一方で、リリアとナツメのドッグファイトも熾烈を極めていた。お互いに最小限の攻撃とマニューバで互いに牽制をし合っており、その新入生らしからぬハイレベルな戦いに、観客は歓声を上げるのも忘れて息を飲む。
とうとうキャシーに肉薄されたところで、エリはドレッドノートから飛び降り、フォーメーションを解除した。背に乗せていたエリを解放したシェリーは、今まで耐え忍んできた分を取り戻すようにキャシーのイカロスに猛然と突貫した。
キャシーは正面衝突をするような軌道でドレッドノートに突っ込むが、神がかり的な機体コントロールでシェリーの突進を掠めてすれ違う。
突如シェリーを躱して現れたキャシーのイカロスに虚を突かれるエリ。直前まで僚機に射線を塞がれていたエリは迎撃することも叶わず、キャシーから放たれた弾丸の雨を受け、撃墜判定を受ける。
シェリーもただでは済まさないと、キャシーのイカロスにアンカーを射出した。拘束することに成功するが、引き寄せようとしたところでワイヤーがレールガンによって千切れ飛んだ。リリアからのキャシーへの完璧なフォローだった。
シェリーはリリアの射撃に舌を巻く。いくらレールガンの影響範囲が通常兵器と比べ大きいとは言え、高速で動くアンカーのワイヤーを正確に射撃で切るなど、尋常な技量ではない。
その場にいる猛者四人の認識は共通していた。勝つにせよ負けるにせよ、決着の時は近い。
ナツメはシェリーを前衛に任せ、フォローできるようにやや後ろに控える。対するリリアはキャシーとともにミサイルを一斉に解き放った。
シェリーは全力で横に移動し、可能な限りミサイルを振り切る。ナツメは相手と距離を詰めながらアサルトライフルでミサイルを撃ち落とす。
ミサイルの雨に追いつかれるというところで、シェリーはランスをフルスイングする。穂先は吹き飛んだが、なんとかミサイルは凌いだ。そのままランスの柄にアンカーを取り付け、射出する。大部分を失っているとはいえ、デッドウェイトを載せたアンカーは失速しながらキャシーの脇を飛んだ。突如シェリーはワイヤーを掴んでフルスイングしながらターンをキメる。
ワイヤーに絡め取られたキャシーのイカロスは、その慣性に振り回され前後不覚になる。すかさずシェリーはアンカーを巻き取りながら最後の突進をする。
シェリーがキャシーのバイタルエリアにパイルバンカーを叩き込んだ直後、キャシーは敵機を道連れにするようにミサイルを自爆させた。二機は同時に撃墜判定が下される。
ナツメがリリアに追いすがる。残されたのは、ナツメのクルセイダーとリリアのハイドラ、一対一の状況だ。クルセイダーの飛行がジェット燃料に依存している以上、長期戦は不可能。戦闘を消極的にして引き延ばす権利があるという意味でリリアに戦いの主導権がある。
二人は弧を描きながら何度も近づいては離れる。互いの動きを読み、一瞬の隙を窺う。観客の緊張も最高潮に達した。
ナツメが遂にリリアのハイドラを捉え、その右腕に装備されたレールガンを破壊した。しかし、同時にナツメもハイドラからのカウンターを受け、クルセイダーの片方のジェットに被弾判定をくらい、地面へと着地する。
「……!」
クルセイダーのコックピットに、けたたましいアラートが鳴り響く。ジェットの被弾だけではなく、防御装甲のエネルギーも底を尽きたのだ。自動的にアストラルに勝利判定が下され、会場は静寂に包まれる。
リリアはハイドラの中で、ゆっくりと天を仰いだ。その瞳から、一筋の涙が流れ落ちる。無数の観客に包まれる中、自身が大きな壁を乗り越えたことを、ただ一人で噛みしめる。万雷の喝采が響くが、どこか遠くの出来事のように思えた。
一方ナツメはしばし拍手を送った後に、重い体を引き摺りながらハンガーに向かった。
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