第2話 交渉?口誚?

ナツメとのチーム結成が決まってから、エリの学園生活は一変した。放課後の時間の大半は、ナツメと共にシミュレーションルームで過ごすようになった。ナツメの「クルセイダー」とエリの愛機が連携する際のデータが次々と打ち出され、二人は互いの機体の特性を理解し、動きを擦り合わせていく。互いの動きが寸分の狂いもなく噛み合っていく感覚は、エリにとって初めてのものだった。



数日後、ブリーフィングルームでのこと。ナツメはタブレット端末のホロディスプレイに地形図を映し出した。


「次の課題は、敵拠点の制圧が目的だ。敵の布陣から見て、複数のドレスが待ち構えている可能性がある」


ナツメは澱みない口調で説明を続ける。


「そこでだ。私が敵の注意を引き付け、エリには後方から狙撃を頼みたい。私のクルセイダーは低空を蛇行しながら突撃する。その際に発生する砂埃で、一時的に敵の視界を奪うことが可能だ。その隙に、エリの長距離精密射撃で敵の陣形を崩す。どうかな?」


エリは表示されたプランを凝視した。ナツメの突撃と自身の狙撃を組み合わせる。シンプルだが、ナツメの機体特性を最大限に活かし、エリの得意な精密射撃で確実に仕留める、理にかなった作戦だった。敵は砂埃でミラージュを視認できなくなるが、高性能センサーを備えたミラージュは砂埃程度で射撃能力が低下することはない。


「はい、問題ありません。砂埃で視界が遮られる一瞬のチャンスを逃さず、確実にヒットさせます」


エリが答えると、ナツメは満足げに頷いた。その表情には、エリの能力への揺るぎない信頼が滲んでいるようだった。


「それから、もう一人、チームに誘いたい人物がいる」


ナツメはそう切り出すと、エリの方を見た。


「シェリー・ブロウニング。英国からの留学生だ」


シェリー・ブロウニング。その名を聞いた途端、エリの脳裏に膨大なデータが駆け巡った。即座にデータベースにアクセスし、彼女の経歴を調べる。入学前から英国軍で輝かしい実績を積み上げている。特に近接戦闘における強さは無類の物だった。そして、愛機「ドレッドノート」。その名にふさわしい、重装甲と高い突進力を誇る機体特性がデバイス状に表示される。実績も実力も申し分ない。


しかし、なぜ彼女は今までチームに所属していなかったのだろうか。これほどの実力者が一人でいるということには、それなりの理由があるように思える。エリの頭の中に、交渉が難航するかもしれないという懸念がよぎった。



翌日の放課後、ナツメとエリは学園の訓練場の一角にある、シェリーの個人用整備ブースを訪れた。重厚な金属製の扉をノックすると、中から「入れ」という短い声が響いた。


ブースの中央には、暗灰色の重装甲ドレス「ドレッドノート」が鎮座していた。その圧倒的な存在感に、エリは思わず息を呑む。そして、その傍らでデバイスと向き合っているのが、シェリー・ブロウニングだった。やや日焼けした肌に引き締まった体躯、鋭い眼光は、まさに歴戦の戦士といった風貌だ。

ナツメが単刀直入にチームへの勧誘を持ちかけると、シェリーはエリをちらりと一瞥し、鼻で笑った。


「断る。弱き者とは組まぬ」


エリは悔しさに唇を噛んだ。やはり、実力不足を理由に断られてしまった。

ナツメは静かに、しかし有無を言わさぬ口調で切り返した。


「そういうことであれば今回はおとなしく引き下がりましょう。貴方とエリを天秤にかければエリの方が戦力として貴重なのは自明の理なので」


シェリーの表情が凍り付いた。


「待て、聞き捨てならんな。我よりそちらの娘の方が有用というのは聞き間違いか?あるいは我がなれの見識を高く見積もり過ぎていたか」


「貴方がどれくらい私のことを買ってくれているかは知らないけど、少なくとも私の方が人を見る目はあるようだ。だって貴方にはエリの強さが見えていないのだから」


ナツメの言葉は、まるで挑発するかのようだった。シェリーの鋭い視線がナツメを射抜く。


「吠えたな。吐いた唾は飲み込めぬと知れ。そこまで言うのであれば力を示してもらおうか」


シェリーはドレッドノートから離れ、二人に向き直った。その瞳には、侮辱された者特有の怒りが宿っている。


「貴方がそれで納得できるのなら、こちらとしては願ってもない。我々が勝ったらチームに入ってくれるということでいいかな?」


ナツメは涼しい顔で、挑戦を受け入れた。シェリーは一瞬ひるんだように見えた。


「なに?そちらの娘と一対一ではないのか?」


「英国の騎士様は支援機と1on1をして痛めつけるのが趣味なのかな?」


ナツメの言葉に、シェリーの顔に怒りが明確に浮かび上がった。


「貴様、侮辱する気か!」


「自信がないなら私が手加減してあげてもいいけど」


ナツメはあくまで冷静に、しかし確実にシェリーを追い詰める。シェリーのプライドは、その言葉に耐えられなかった。


「いらぬ!全力でかかってくるがいい」


「それじゃあ、交渉成立ということで」


ナツメは満足そうに微笑んだ。こうして、エリを巻き込み、ナツメとシェリーの予期せぬ対決が決定したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る