幕間3 「瑠璃色の剣」

【桐人視点:第一部完結】


その後、さくらの吸血鬼退治も順調に進んでいた。



俺は————変わらぬ日常の中で、自分の異常な力と向き合い続けていた。



水前寺館の道場で、いつものように稽古が始まる。



「小梅よ、ちと妾と交代じゃ。動きをよく見ておれ」



「「はい!」」



双子が同時に返事をした。



「では、桐人、いくぞ」




(やばい、これは覚悟しないと)


     *  *  *



「双刃虚実・絶」(そうじんきょじつ・ぜつ)



「うぐっ……」



結果は予想通り、俺はボコボコにされて道場の床に転がった。



全身が痛い。


スニク様の攻撃は容赦がない。



しかし、以前より耐えられるようになっている自分に気づく。



「変態クズ男に天誅を下してやりましたわ、小梅さん」


「お見事でしたわ、小菊さん」



(俺は別に何も悪いことしてないのに……)



スニク様が扇子で口元を隠しながら言った。



「小梅のレベルに動きを抑えておったゆえ、妾の代わりに小梅が入って、もう一度やってみよ」



今度は双子との連携攻撃が始まった。


右から小梅、左から小菊。


息の合った動きで俺を翻弄する。



(くそ、速い!)



だが、動きのパターンが見えてきた。



二人の呼吸、視線の動き、重心の移動————


全てが手に取るように分かる。



「双刃虚実・牙」



小菊が俺の蹴りを躱し、カウンターで突きを決めた。



(くそ、罠だったか)



「見事じゃ」



スニク様が頷いた。



     *  *  *



「ついに、変態クズ男からまともに一本取りましたね、小菊さん」


「取りましたね、小梅さん」



(なんか俺が悪役みたいなんだけど……)



スニク様が俺をじっと見つめた。



その瞳に、深い憂慮の色が浮かんでいる。



「しかし、桐人の反応速度やパワーは、すでに人間をやめておるレベルじゃのう」



その言葉に、道場の空気が凍りついた。


さくらが息を呑む音が聞こえる。



「そうじゃ、桐人」



スニク様の声が低くなった。



「其方のその能力の上がり方、尋常ではない。相当強い吸血鬼を倒したじゃろう。どのように倒した?」



「そういえば、その辺りの話をゆっくりする機会はなかったな」



俺は立ち上がった。


修学旅行での出来事を、今こそ話すべき時が来たのかもしれない。



「ちょっと鞄から取ってくるから待っててくれ」



     *  *  *



戻ってくると、爺さんがお茶とお稲荷さんを持ってきていた。



(スニク様の好物か)



「スニク様、この棒をもらったんだ」



俺が吉井さんにもらった黒い棒を差し出した瞬間————



風が吹いたかと思った。


次の瞬間、スニク様の姿がブレて、俺の手から棒が消えていた。



「!」



スニク様は俺から数歩離れた場所に立ち、黒い棒を固く握りしめていた。



「桐人、其方、この宝具をどこで手に入れた?」



スニク様の声が震えていた。



いつもの余裕が消え、蒼白な顔で俺を見つめている。


まるで亡霊を見たかのような表情。



「六本木ヒルズのホームパーティーで会った、吉井さんにもらったんだ」



俺は修学旅行での出来事を思い出しながら続けた。



「女吸血鬼に襲われそうになったところを助けてくれたのも、その吉井さんだ」



「吉井……」



スニク様が何かを考えるような表情をした。



その瞳に、一瞬、深い悲しみが宿ったような気がした。



     *  *  *



「秀豊、吉井という者を知っておるか?」



爺さんが首を傾げた。



「爺さん、吉井さんのこと知らないのかよ。九条さんと協力関係にある白夜の一族だよ」



「白夜の一族じゃと、妾の記憶にはないわ」



スニク様の表情がさらに険しくなった。



「いえ、拙は存じませぬ」



「まあよい、秀豊これをみよ」



スニク様が例の棒を爺さんに渡した。


爺さんは棒を手に取ると、目を見開いた。



「これは……!」



空気が震えるような重圧を感じた。



     *  *  *



爺さんが棒を握り、厳かに呪文を唱え始めた。



「光と血の相剋を抱きし我が血脈よ」



棒がかすかに震え、緑の光が内側から滲み出てくる。



「秩序と混沌の理、交鋒せし刻」



道場の空気が引き締まり、畳がわずかに振動し始めた。



「今天地を断つ、破魔の刃となれ」



瞬間————


刃渡り70センチほどの緑色に輝く光の剣が棒から伸びた。



美しい翡翠のような輝きが道場全体を照らし、神聖な圧力が空間を満たす。


窓から差し込む陽光と混ざり合い、幻想的な光景を作り出した。



「「おおっ!」」



皆から歓声が上がった。



「これは緋滅組の中でも、ごく一部の者しか持っておらぬ宝具じゃ」



爺さんが剣を見つめながら言った。


声には畏敬の念が込められている。



「この宝具は、血脈の継承者しか使いこなせぬ」



爺さんが俺を見た。



「桐人は血脈の継承者とはいえ、ポンと渡されていきなり使える物でもないんじゃが……」



「爺さんはすげえよ。俺はせいぜい二十センチくらいの光の剣が出ただけだから」



(実際はもう少し長かった気もするけど)



     *  *  *



「よし、坊主、やって見せよ」



爺さんから宝具を渡された。



黒い棒は、見た目以上に重い。


まるで歴史の重みを背負っているかのように。



みんなの視線が俺に集まる。


さくらは心配そうな顔で、両手を握りしめていた。



双子は興味深そうに、しかし警戒も忘れずに見ている。



「えーっと……」



俺は爺さんの呪文を思い出しながら唱えた。



「光と血の相剋を抱きし我が血脈よ」



棒が激しく震動し始める。



青い光が亀裂のように走り、道場の畳が波打つように揺れた。



「秩序と混沌の理、交鋒せし刻」



シャリィィン……



澄んだ鈴音が道場に響き渡る。



棒から青い光の粒子が舞い上がり始めた。



突如、強い風が道場内に吹き荒れる。



襖がガタガタと音を立て、天井の梁がきしむ。



双子が反射的に防御の構えを取った。



「今天地を断つ、破魔の刃となれ!」



瞬間————



ヴォォォン!



凄まじい光の奔流が爆発した。



俺の胸から湧き上がった熱が、全身を駆け巡る。



道場全体が震え、窓枠が悲鳴を上げる。



青い光の圧力に、全員が思わず一歩後ずさった。



刃渡り1メートルほどの深い瑠璃色の光の剣が伸びた。



     *  *  *



道場が瑠璃色の光で完全に満たされる。



それは海の底のような、深く澄んだ青。


天井まで届きそうな光の柱が立ち上り、無数の光の粒子が舞い散る。



美しい。



だが同時に、恐ろしいほどの力を秘めている。


緑の剣とは明らかに格が違う、圧倒的な存在感。



「青い剣じゃと!」



スニク様が後ずさった。



初めて見る、スニク様の恐怖の表情。



その瞳は、瑠璃色の光を映しながら大きく見開かれていた。



「これは……まさか……」



さくらが息を呑み、思わず手で口を覆った。



「なんて美しい……でも……」



心配そうに俺を見つめている。


その瞳には不安が宿っていた。



双子も言葉を失い、戦闘態勢のまま固まっている。



爺さんすら、驚愕のあまり一歩下がった。



「スニク様、確かに拙も青い剣は初めて見ましたが、そんなに珍しいのですか?」



爺さんの問いに、スニク様はゆっくりと答えた。



その声は、千年の時を超えて響くような重みを持っていた。



     *  *  *



「長い緋滅組の歴史の中でも、青い剣を生み出したのは……」



スニク様の声が震えた。



まるで、封印された記憶が蘇るかのように。



「平安の世、吸血鬼に堕ちた英雄以来じゃ」



静寂が道場を包んだ。



誰も、息をすることすら忘れていた。



(吸血鬼に堕ちた英雄……)



俺は手の中の瑠璃色の剣を見つめた。



美しい光だが、その奥に何か不吉なものを感じる。



まるで、俺の未来を暗示しているかのような————



「桐人」



さくらが心配そうに俺に近づいてきた。



その足取りは慎重で、まるで壊れやすいものに触れるように。



「私は……絶対に桐人を失いたくない」



     *  *  *



瑠璃色の光が、ゆっくりと消えていく。



俺の手には、再び黒い棒だけが残った。



しかし、体の奥底に残る熱は消えない。



(俺は、何者になろうとしているんだ?)



スニク様が重い口を開いた。



「桐人よ、其方の道は険しい」



その瞳には、悲しみと諦念が宿っていた。



「じゃが、選択肢は其方にある。どう生きるかは、其方次第じゃ」



胸の奥にいまもある熱い何かを確かめるように、俺は胸に手をあてた。



たとえ吸血鬼に堕ちる運命だとしても————



守りたいものがある限り、俺は戦い続ける。



瑠璃色の残光が、道場の片隅でかすかに瞬いていた。



(第一部 完)



————————————————


この幕間にて、第一部終了です。


ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました。


感謝しかありません。


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この後、第二部「約束の島」が始まります。


桐人達のさらなる活躍にご期待ください。

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