幕間2「夜更けの電話」(ユリ視点)
修学旅行二日目。
「ねえ、さくら、さっきセンター街で私たちがナンパされて困ってた時に、桐人達、見なかった?」
「いえ、わたしは気づきませんでしたが」
「私たちを山本君が見つけて、桐人と木下君に何やら話してたんだけど、桐人が行こうぜ行こうぜって感じで駅の方に戻って行ってたのよね」
「そうでしたか。山本のキャラなら声をかけてきたでしょうから、納得です」
「でしょ、あの薄情者め。あとで懲らしめてやる。さくらも協力してよね」
「わかりました」
その後、表参道から原宿へ行った。
門限の時間が迫ったのでホテルに戻る途中、急に動悸がして、胸騒ぎがした。
(桐人に良くないことが起こっている)
なぜか直感的にそう思った。なぜそう思ったのかはわからない。でもそう確信していた。
————その日の夜
女子部屋は、まだ興奮冷めやらぬ様子で賑やかだった。
「今日の六本木、すっごく楽しかった〜!」
「表参道のクレープも美味しかったよね!」
同室の女子たちが、パジャマ姿でベッドに集まっている。
さくらもあたしも、その輪に加わっていた。
「ねえねえ、さくらちゃんってさ、彼氏いないの?」
話題が恋バナに移ると、みんなの目が一斉にさくらに集まった。
「ええ、いませんよ」
さくらが穏やかに微笑む。
「剣の道を極めるのが今は最優先ですから」
「えー、もったいない! そんなに美人でスタイルもいいのに!」
「でもさ、最近よく桐人と一緒にいるよね?」
別の女子が身を乗り出してきた。
「もしかして、いい感じなの?」
「桐人は修行仲間ですよ」
さくらは涼しい顔で答える。
「彼には見込みがありますから」
「へー、さくらが認めるなんて珍しい」
「確かに運動神経はすごいけど、あいつ女子の胸ばっかり見てるじゃん」
みんなが口々に桐人の悪口を言い始める。
その時再び、胸騒ぎがして、動悸が止まらなくなった。
(桐人は大丈夫なのかしら?)
* * *
「ちょっとトイレ」
私は新鮮な空気を吸おうとロビーに降りた。
そこに桐人が山本君と木下君と一緒に帰ってきた。
朝は普通だったのに、桐人の様子が、何か違う。
疲れているようで、でもどこか生き生きしているような————
まるで、何か大きなことを成し遂げた後みたいな。
(そういえば、お父さんが言ってたっけ)
引っ越す前、父が真剣な顔であたしに告げた言葉を思い出す。
『ユリ、桐人のことを頼む。あの子には特別な血が流れているかもしれない』
『血?』
『我が一族が代々見守ってきた、ある血筋だ。いずれ、その血が目覚める時が来るかもしれない』
当時は意味が分からなかった。
でも、もしかして————
その時、あたしのスマホが鳴った。
画面を見ると、父からだった。
(こんな時間に?)
胸騒ぎがする。
桐人達から見えない所に移動して、通話ボタンを押す。
「もしもし、お父さん?」
『ユリか。夜分にすまない』
父の声は、いつもより緊張していた。
『単刀直入に聞く。桐人君は無事か?』
「え? 桐人がどうかしたの?」
心臓がドキリとした。
『今夜、六本木で吸血鬼が一体倒された。目撃情報によると、青い光の剣を使う少年だったそうだ』
あたしの心臓が跳ね上がった。
青い光の剣————それは、我が一族に伝わる伝説の中でしか聞いたことがない。
「それが……桐人だって言うの?」
『お前は桐人と一緒にいるんだろう? 何か変わった様子はなかったか?』
今みかけた桐人様子を思い出す。
「特には……でも、なんか雰囲気が違ったような」
電話の向こうで、父が深いため息をついた。
『ユリ、よく聞け。もし本当に桐人君が光の剣を発現させたなら、あの子は特別な血筋の力に目覚めたということだ』
「特別な血筋の……力?」
『光の剣を使い、吸血鬼と戦う宿命を背負った者。我が一族はそれを代々見守ってきた』
父の声が重くなる。
『だが、その力には代償がある。使えば使うほど————』
「使うほど、何なのよ?」
『……帰ってから詳しく話す。とにかく、桐人君から目を離すな。そして、もし彼の様子がおかしくなったら、すぐに連絡しろ』
「お父さん、まだ何か隠してるでしょ?」
『頼む、ユリ。今は桐人君を見守ってくれ』
通話が切れた。
* * *
部屋に戻ると、まだみんなは恋バナで盛り上がっていた。
「ユリちゃん、遅かったね〜。もしかして彼氏から?」
「ち、違うわよ! お父さんからだわ」
あたしは適当に誤魔化して、ベッドに座った。
でも、さっきまでの楽しい雰囲気には入っていけない。
『特別な血筋』
『光の剣』
『代償がある』
父の言葉が頭の中でぐるぐる回る。
(桐人、あんた一体何に巻き込まれたのよ)
「ユリ、どうしました? 顔色が悪いですよ」
さくらが心配そうに声をかけてきた。
その瞳には、何か知っているような光があった。
「ううん、なんでもないわ。ちょっと疲れただけ」
「そうですか……」
さくらはそれ以上追及しなかったけど、あたしを見る目は鋭かった。
(もしかして、さくらも何か知ってる?)
窓の外を見ると、東京の夜景がキラキラと輝いていた。
無数の光の中に、どれだけの闇が潜んでいるんだろう。
吸血鬼、光の剣、特別な血筋————
今まで伝説だと思っていたものが、現実になろうとしている。
「みんな、そろそろ寝ましょうか」
さくらの提案で、電気が消された。
暗闇の中、あたしは天井を見つめた。
(明日、桐人に会ったら何て言えばいいのよ)
『呪い』のことだって、本人は秘密にしたがってたのに。
今度は『特別な血筋』だなんて。
(まったく、あんたって子は……)
でも、あたしは決めた。
何があっても、桐人のそばにいよう。
小学生の時、球磨瑠璃光院であの子が呪いを受けた時から、あたしたちの運命は繋がっているのかもしれない。
父が恐れていることが何なのか、まだ分からない。
でも、桐人を一人にはしない。
それが、幼馴染としての————
いや、もしかしたらそれ以上の何かとしての、あたしの役目なのかもしれない。
東京の夜は、思った以上に深い闇を抱えていた。
そして明日、あたしたちはその闇にさらに近づいていくのだろう。
眠れない夜は、まだ続きそうだった。
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