第11話「オルビネスまで、あと1024個!」

夜の採集所は、静まり返っていた。

物音ひとつしない闇の中で、俺たちはこっそり結晶を集めている。


結晶をザズに渡したところで、まばゆい光がザズを包んだ。


「眩しっ!……え?なになに!?」


「さぁ悠真さん……あと1024個です!」


ザズと呼応して、昨晩と同じように、俺の光帳から光が噴き出す。


それは星空に、巨大な文字を作り上げた。


『オルビネス獲得まで あと──1024個!』


巨大な文字とともに、ド派手な光の演出が広がる。


俺とザズらしき、妙にデフォルメされたキャラクターが、ニコニコ踊っていた。


……スマホゲーの事前登録キャンペーンかな?


次の瞬間──


パーン!


映像のクラッカーが鳴り、くす玉が開いて「あと1024個!」の垂れ幕が下りてくる。


「いや、うるさうるさ! 何してんの!?」


顔の前に降りてきた「1024個」を振り払いながら、ザズを振り返る。


ザズは両手を広げて空を見上げながら、まだ光っていた。


「悠真さんの世界では、このように人の欲望を煽るらしいので」


「言い方ぁ!……お前、なんのために、こそこそやってんのか、分かってんだよな!?」


声を潜め、光帳を強制的に閉じて、周囲を見渡す。ザズの光も収まった。


ここは結構民家から遠いから、大丈夫だとは思うけど……。


こそこそしている理由は、なんのことはない。ただ、俺がみんなに後ろめたいからだ。


「なるほど、静かめバージョンも実装しておきますね」


「もうやらなくていいし、せめて達成した時に祝ってくんない? 目標遠すぎて萎えちゃったよ、いま」


ザズの淡々とした声に、思わずうんざりとため息が漏れる。


足元には、打ち捨てられた低品質の不思議結晶が、ゴロゴロと転がっていた。


これらは人里に持ち込まれなければ、時間とともに自然と消えてしまうらしく、早めの回収が必要だった。


「……なんていうか、想像の10倍以上つらいんだけど。俺、この世界来てからずっと労働してない?」


「いえ、素晴らしいペースですよ。あと三日ほど徹夜すれば、目標達成です」


「殺す気か!」


とはいえ、徹夜できるなら、した方がいいのかも──と、つい思ってしまう自分もいる。


どう考えても、この採集所に結晶は100個もない。

回収しきれば、次は別の採集所に移動することになる。


ペースは、悪い。悪すぎる。


……いや、そもそもこんな簡単なことでスキルが取れるなんて、贅沢すぎる話ではある。


何年も働いても、ほとんどスキルが増えないダリオさんたちが聞いたら、間違いなく殴られるだろう。


しかしだ。


今年のリクガキの旬は、間もなく終わってしまうのだ。


それまでに目標のスキルを獲得し、道路を整え、結果を出さなくてはならない。


時間は、まるで足りなかった。


「結局さ……自分のペースでやれないから、しんどいんだよな」


「とても良い着眼点です。適切なペース配分は、ストレスやモチベーションに好影響をもたらします」


「ビジネス書か、お前は」


「必要なら、より効率的なスキル獲得プランを提案できますよ」


「……プラン?」


気になる言葉が出てきて、ついつい聞き返す。


怖いとか怪しいとか思いつつ──俺は、いつだってザズの提案に乗ってしまうのだ。



──三日後。


ギルドの採集業務を終えた俺は、ぐったりと受付近くの椅子に座り、天井を見上げていた。


この後、夕食を済ませてから、再び夜の採集場に向かわなければならない。


ザズの提案、≪ホーンラビット≫の上位スキル、≪ラピッドラビット≫を先に取得するというプランは、確かに収集効率を上げた。


ただ、逆にそれは、目標までの結晶数と労働強度を跳ね上げるということだった。


時短にはなってても、しんどさは酷くなってないですかね……。


朦朧とする頭で、ぼんやりと光帳のホログラムを眺める。


……疲れた。


「あんた、大丈夫?死にそうな顔してるわよ」


心臓が、ギュッと、驚いた。

誰もいないと思って、気を抜きすぎていた。


慌てて顔を上げると、リッテルアさんが呆れたような、でも心配そうな顔で立っていた。


「……え、あ! すいません……!」


「いいから。座ってなさい。……ほら、これ」


立ち上がろうとする俺を制して、リッテルアさんは正面に座る。


座りながら、テーブルになにかを差し出してきた。


「……なんです、これ?」


「すあま」


「……すあま」


思わず復唱して、目の前の、丸い色とりどりのお菓子を見る。


懐かしい。久しぶりに聞いた名前だ。

昔は、ばあちゃんちで良く食べていた気がする。


「あ、ありがとうございます……。これ、好きなんですよ」


最近は全然食べてなかった、というか忘れてたお菓子だけど。


「……変なやつ。私以外でそれ好きな人、初めて見た」


すると、リッテルアさんは、ほんの少しだけ、いつもより柔らかい顔で笑った。


──思いもよらない表情に、一瞬、目が奪われた。


笑顔に惹かれるように、すあまを一つ手に取り、口の中に入れる。


リッテルアさんも、同じように一つ食べた。


……甘い。


「うまいっすね」


「おいしいね」


夏休みに過ごした、田舎のばあちゃんの家。


蝉の声と畳の匂いが、そっと戻ってくるようだった。


リッテルアさんは、それきり、黙っていた。


しばらく無言で、餅のような菓子を食べた。


……こういう時に無理に話しかけないでくれるの、ちょっとほっとするな。


「一致する嗜好を確認しました。親密度、上昇中です」


「黙れ」「黙って」


……ツッコミが増えてるくれるのも、ありがたいな。


ザズの声が消え、また、静かな時間が戻ってくる。


なんだか、なにかを美味しいと思ったのは、久しぶりな気がした。


すべて食べ終わろうかという頃、リッテルアさんが口を開いた。


「……あんた達、なんか変なこと企んでるでしょ」


ぎくりとする。


顔を上げると、テーブルに肘をつけ、手の甲に顔を乗せたリッテルアさんの目が、俺を捉えていた。


「……いや、別になにも」


俺の特殊なスキルのことなんて、説明できるはずもない。


目を逸らして、誤魔化す。


「言っとくけど、なにしたってどうせ給料は上がらないからね」


リッテルアさんの声色は、やはりなにか確信を持っているようだった。


「……それに、もし“私のため”とか思ってるなら──やめて」


「……え?」


「たぶん、誰の得にもならないから」


言葉が喉に詰まった。


なんで、そんなことを言うんだろう──


でも、その先に踏み込んだら、言葉の奥にあるものに、触れてしまいそうで。

何かが壊れそうで。


だから俺は、答えを変えることにした。


「給料とか……考えてませんでした」


「……あっそ」


リッテルアさんは、じっとこちらを見ていた。

俺も、それ以上はなにも言わず、ただ黙っていた。


「……ま、そう言うと思った」


呆れたようにため息をついて、リッテルアさんが立ち上がる。


「どうせ、言っても聞かないんでしょ」


「えぇと……」


何を言っていいかわからず、言いよどむ。


リッテルアさんはそんな俺を見て、一瞬、優しく目を細めた。

──なんだか寂しそうな、懐かしむような、そんな表情に見えた。


そして、小さく、諦めたように笑ってみせる。


「ま、それで満足するっていうなら、やるだけやってみたら。

骨は拾ってあげる」


しょうがないから、ね。


そう言い残し、軽く手をひらひら振って、ギルドの奥へ戻っていく。


──茶化すような声色だった。

けどその奥に、どこか、置き忘れたままの“願い”みたいなものがにじんでいて。

その柔らかさが、どうしようもなく焼き付いていた。


最後のすあまを飲み込んで、深く息を吐く。


なぜか、重くのしかかっていた疲れが消え、体が少しだけ軽くなった気がした。


……なんだよ、俺、案外元気じゃん。


もうちょっと──いや、まだまだやれるかもな。


その日の夜、俺は≪オルビネス≫を獲得した。

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