第9話「スキルのお話」(前編)

「無理だって! 絶対間に合わない!」


「やるしかねぇんだよ! 俺たちが諦めたらリッテルアちゃんが──!」


荒れた声が飛び交う、ダリオさんとティナさんの作戦会議。


二人の焦りと苛立ちが混ざって、空気がぴりついていた。


冗談混じりの言い合いじゃない――その空気は、じりじりと俺の皮膚に突き刺さってくるみたいだった。


……正直、俺は、まだ心の整理ができていない。

それでも、「おかしい」と思った気持ちは、どこにも行かずにじっとしていた。


「採集所二往復って、あわせて八時間よ!八時間!一日ほとんど終わっちゃうじゃない!」


「そんなもん、ちょっと無理すりゃなんとかなるだろ!

リクガキの旬なんて、あと二十日くらいの辛抱なんだからよ!」


「ちょっと、って……!みんな一昨日までの残業疲れが抜けてない!その“ちょっと”が──!」


ティナさんの声が震えていた。

悔しさと苛立ちが入り混じって、何かにすがるようだった。


ダリオさんも必死だ。

二人とも、どうにかしたいんだ。リッテルアさんを。


その「諦めたくなさ」が、俺の胸にも張りついて離れなかった。


なぜこんなにも揉めているかと言うと──


リッテルアさんが、”切られる”かもしれないからだ。


ただ、その理由は“個人的な事情”らしくて、誰も詳しくは教えてくれなかった。


ナクセリ名産のリクガキは、今が旬。

結果を残すなら――今しかない。

残された時間は、もうあまりないみたいだった。


……どうして、リッテルアさんなんだよ。


どう考えても、あの人がこのギルドを支えてるだろ。

なんで、そんなふうに切り捨てられるんだよ。


この世界のことはまだよくわからないけど──それでも、見てられない、そんなの。


俺だって、何かしたい。

せめて、ザズに頼るくらいは、俺にもできるはずだ。


「……なぁザズ、なんかいい方法ないか?」


半ば冗談で、でも本気で聞いてみる。


ザズは、すぐに指を立てる。


「ありますよ。運搬に適したスキルがいくつか存在します。それを使えば効率化は可能です」


「……え?なんだあんのかよ!それを使えば──」「無理だよ」


浮かれかけた俺の声を、ティナさんの冷静な一言が遮る。


見れば、ティナさんもダリオさんも、困ったように眉をひそめていた。


「……そっか、知らないよね、悠真くん」


「まぁ、昨日登録したばっかりだからな」


ダリオさんが苦笑まじりに言う。


「あのな、ここじゃスキルは増やせねぇんだよ」


「……え?」


「ナクセリ討伐局で貰えるのは、“サラマンダー”と、長く続けたやつだけがもらえる“リクガキ”だけ。

FPだって、何年働いたって、せいぜい数ポイントしか増えねぇ」


「そう。運搬スキルは“運送屋”の職業スキルだから、平の討伐員には回ってこない」


ティナさんは苦笑いしながら、どこか自嘲ぎみに言い切った。


「だからスキルの話はやめよ。お金さえあれば、運送屋に頼めばいい……って、そういう話だからさ」


重い静けさが落ちる。


……やってしまった。


スキルのことなんて、迂闊に口にすべきじゃなかった。


思った以上に、スキルって自由じゃないみたいだ。

討伐員は、どれだけ頑張っても、すぐに頭打ちになる職業なんだ。

みんな、その中で、必死にやりくりして生きている。


反省しながら──だけど、胸の奥には、ひっかかりが残っていた。


最初のギルド登録の時──


リッテルアさんに言われた、「初任給に浮かれる新人」って言葉。


……そういうこと、なのか?


スキルって、何年働けば増えるとか、資格がどうとか、”割り当てられる”とか。


それって、なんか──


……ダメだ。うまく言葉にできない。


目の前の二人の声は、またぶつかり合っていた。

でも、やがて疲れたみたいに静かになっていく。


誰も答えを出せないまま、冷えた空気だけが残っていた。


俺は、黙って見ているしかなかった。

それが、たまらなく、悔しくて――


その夜。

会議の帰り道、


俺は、ザズに問いかけた。

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