【設計図 No.12】別れ

目覚めのいい朝だ。小鳥はさえずり、陽の光は窓に反射して淡いグラデーションを描いていた。

 つぐみは寝間着のまま階段を降り、洗顔を済ませると髪をひとつにまとめる。指先に触れた毛先が少し長くなっているのに気づき、ふっと小さく笑った。


 今日の学校は午前中で終わる。弁当は必要ないが、ギルドに寄る予定があるため、ついでに簡単な弁当も作っておく。


 しばらくして、お母さんが二階から降りてきた。昨日は帰りが遅く、夕食のときもあまり会話ができなかった。


「おはよう、お母さん。朝食、もうすぐだよ」

「ん……ありがとう」


 寝ぼけ眼のまま洗面所へ向かうお母さん。その背中を見送りながら配膳を終え、つぐみはスマホを手に取った。


「あ、もしもし……綾瀬つぐみです。施行のアルバイトの件ですが、その……辞めようと思いまして」


 事故で長期休養していたバイト先だ。理由は二つある。

 一つはギルドの活動と両立が難しいと判断したから。もう一つは、休養中に別の仕事をすることへの罪悪感――自分の中のけじめだった。


「そう……それなら、今日空いてる?最後にちょっと顔を出してよ」


 監督の声に、つぐみは「はい」と即答した。電話を切ると、お母さんが席につき、じっとこちらを見ている。


「バイト……辞めるのか? 自分に合ってるって言ってたじゃないか」

「うん。今はギルドの方に集中したいから」

「そうか……」


 短い沈黙。叱られるかと思ったが、お母さんはつぐみの頭を撫で、「お前のことだ、意思は曲げないからな」と優しく笑った。胸の奥に、早くお母さんを支えたいという思いが広がっていく。


 朝食を終え、制服に着替えて階段を降りると、お母さんは玄関で靴を履いていた。


「行ってらっしゃい、お母さん」

「ああ、行って……お前、その傷はなんだ?」


 途端に空気が張り詰める。昨日のダンジョンで受けた太ももの傷――長袖のパジャマでは隠れていたが、スカートから覗いてしまっていた。


「やっぱり危険なことはさせられない!今すぐギルドに――」

「落ち着いて! 昨日はたしかに危なかったけど、仲間に助けてもらったの」


 こころたちのことを話すと、お母さんは少しだけ眉を緩めた。

「……信じていいんだな、その子たちを」

「うん。私を認めてくれた人たちだから」


 靴を履きながら、お母さんが振り返る。

「今度、その子たちを連れてこい。直接話す」


 その笑顔は聖母のようで――そして、ほんのりと恐ろしかった。



 通学路では、待ち合わせ場所にまひると京子が立っていた。

「おっ、つぐみ~」

「来ましたね」

「ごめんね、ちょっと遅れちゃって」


 自然と二人に挟まれて歩く形になる。まひるは明るく快活、京子は背筋の伸びたクールビューティ。挟まれると小動物になった気分だ――実際に挟まれたことはないけれど。


「ところでさ、つぐみ」

「私も同じく聞きたいことがあるわ」

 二人そろって振り向き――

「「その怪我、なに?」」


 お母さんの時と同じ圧が走った。もう夏は終わったばかりなのに、汗が背中をつたう。



 学校は特に問題なく終わった。授業中に少し寝てしまったが、予習していたおかげで指名されても答えられた。クラスのざわめきの中、ただ一人、平塚舞だけが冷たい視線を送ってきていた。


 放課後、施行会社へ向かう。現場は妙に静かで、休憩時間とはいえ物音ひとつしない。扉を開けると――


「「「綾瀬、お疲れ様!!」」」


 大きな歓声とクラッカーの破裂音。休憩室には従業員やバイト仲間が勢ぞろいしていた。

 机の上には、手作りの寄せ書きと菓子の山。


 胸の奥がじんわり熱くなる。

 ――辞めるのは、やっぱり少しだけ、寂しい。

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