閑話 冒険者、契約保護プログラム
男は冒険者ギルドの一室で冒険者契約保護プログラムと書かれた分厚い書類の束を一枚めくって顔を顰めた。
「こんなに読めるかよ。なあ、説明してくれよ」
「武藤さん、ご自分の立場分かってます?」
男の対面に座った冒険者ギルドの職員が貼り付けたような笑顔で口元をヒクリと痙攣させる。
「分かってるけど苦手なんだよ」
男、武藤の言葉にしかたがないと言った様子で職員は契約書の内容を説明し始めた。
「武藤さんの罪を減刑するかわりに冒険者としての稼ぎの43%を収める。週6日の探索ノルマ——」
職員の説明に顔を顰めながら、武藤はため息をこぼした。
「本当にそんなに納めないといけないの? 生活できないじゃん」
「しかしこれでも特別処置です。武藤さんのスキルが剛剣でなければ減刑無しで無期懲役——」
「分かった! 分かったから! サインするする!」
職員の言葉に、武藤は慌てて書類を読まずにサインをしてしまう。
武藤はダンジョン内での殺人未遂で逮捕された罪人である。
起訴された時は無期懲役になる予定であった。しかし、途中で国への奉仕を条件に懲役3年、執行猶予5年への減刑を提案される。
一生檻の中ではなく、すぐに外へ出られると聞いて条件を飲んだのであった。
「大丈夫ですよ。43%は大きく見えるかもしれませんが武藤さんの剛剣スキルならすぐに上級冒険者になって普通の仕事よりもたくさん稼ぐ事ができますよ」
職員に自分のスキルを褒められたことで武藤は気を良くする。
「まあ、俺は将来有望な冒険者だからな」
「はい。やはり優秀なスキルをお持ちの方は成功者にならないと! どこかの神剣さんみたいにペーパーブレイバーなんかになれば宝の持ち腐れ」
職員は武藤をヨイショするように話をするが、その話に武藤は舌打ちをした。
「神剣か……」
元はといえば武藤にとって全ての元凶ともいえるスキル。そのスキルのせいで、武藤は自分が罪に問われたのだと思っている。
「神剣だろうと、スキルは育てないと意味がありませんからもう気にする必要はないですよ」
職員の言葉に少し考えた後、武藤は「それもそうか」と納得した。
「はい。ペーパーブレイバーなんて放っておいて、武藤さんは剛剣で上級冒険者になって稼ぎまくってください!」
「そうだな! なんたって俺は1000人に1人の逸材だからな!」
◇◆
——そうして、契約を結んだのが数日前。
「今日もこれっぽっちなのか? こんなんじゃ生活できねえよ!」
「そうは言われましても武藤様は契約者ですので……」
上級冒険者になれば普通に稼げる。それは裏を返せば今のままでは稼げないということでもあった。
朝から晩まで危険なダンジョンで死に物狂いで稼いでやっとカツカツの生活ができる程度。
受付に文句を言っても仕方がない。担当の職員を呼んでもらっても諌められて終わりなのだ。
契約を破棄すれば、執行猶予はなくなり無期懲役が待っている。
「こんなの、奴隷と一緒じゃないか」
罪を犯した冒険者から金を搾り取るための特別な処置。それが冒険者契約保護プログラムの正体であった。
日銭を握りしめ、武藤は帰路を歩く。
以前は外食ばかりだった食事も、今は毎日カップ麺の生活だ。今日のカップ麺を買うために、途中でスーパーに寄る。
「あ、アイツ!」
武藤の視線の先、楽しそうに会話しながら買い物をするカップルが目に入った。
男の方は、あの日自分がダンジョンに置き去りにした新米冒険者。
「あんなに楽しそうにしやがって。アイツがちゃんと死んでればこんなことにはなってないのに……」
武藤は見当違いな、恨みのこもった視線でカップルを睨むが、執行猶予期間中ということもあってトラブルは起こせない。
「クソ! 早く上級冒険者になってあの神剣野郎に目に物見せてやる!」
武藤は安売りのカップ麺を一つ購入し、肩を怒らせながら家へ帰るのであった。
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