第29話 朝の、ドタバタ

「う、んーん……」


眠りを妨げる大音量のアラームを鳴らすスマホを手探りで探す。


手に当たったスマホを握り、スヌーズを押して二度寝したい気持ちを振り切って体を起こし、スマホの画面を確認した。


「え、もうこんな時間⁉︎」


今日は約束があるからと早くからアラームを鳴らしたはずだったのだが、高級ベッドの力なのかスヌーズを何回か経て、待ち合わせの時間になっていた。


「やばいぞ! いそげ!」


俺は慌てて飛び起きると、とりあえず服だけ着替え、ルームキーを掴んで部屋を出る。


「来栖さんごめん!」


部屋を出てすぐに謝罪の言葉を口にしたが、廊下に来栖さんはいなかった。


「まさか、怒って先に行っちゃったとか?」


昨日来栖さんが部屋へ帰る時に朝食へ一緒に行こうと約束したのだが、遅刻してしまった。


スマホを見ると、飛び起きて来ただけあって待ち合わせ時間から5分ちょっとしか過ぎていない。

その程度で怒って先に行ってしまう来栖さんが想像できないので、俺はまさかと思いながら来栖さんの部屋のチャイムを鳴らした。


少し間が空いた後、勢いよく部屋のドアが開く。


「ごめんなさい! 寝坊しちゃいました〜!」


ベッドからここまで慌てて来たのだろう。パジャマ姿のままの来栖さんが申し訳なさそうにそう言った。


「分かる。ここのベッドやばいよね」


「すぐ着替えるからちょっと待っててください!」


「大丈夫。俺も顔洗ってくるからゆっくり着替えて来て」


ドジなんてしなさそうな来栖さんの意外な一面に微笑ましくなって口角が上がってしまう。


俺が顔を洗い、寝癖を直して戻ってくると、来栖さんが丁度部屋から出てくるところだった。


「速いね」


「急ぎました!」


頑張った。という風にピースする来栖さんの服装を俺は疑問に思った。


「あれ、制服じゃないの? これから学校だよね?」


「はい。でも、制服であのレストランへ行くのはちょっと恥ずかしくて」


「制服って正装だからそっちのがふさわしそうだけど?」


「いいんです! 行きましょ?」


苦笑した俺に来栖さんは少しだけ頬を膨らませた後、エレベーターの方を指差す。

俺が頷くと2人並んで、レストランへと向かった。


◇◆


レストランはメニューこそ朝食になっているが、目の前で調理してくれるのは夜と同じだ。


俺が席に戻ると、来栖さんが既に待っていた。


「すごいお洒落だね」


サラダにフレンチトースト、コーンポタージュとオレンジジュース。来栖さんに似合う、女子高生らしいメニューだと思う。


「甘い匂いに誘われちゃって、目の前で焼いてるんですもん」


ニヤけながら話す来栖さんは、先に食べずに待ってくれていたようだ。


「それじゃ食べようか」


俺が席に座ると、俺が持って来た料理を来栖さんが覗いてくる。


「渋いですね、美味しそうですけど」


俺が持って来たのは鯛茶漬けだ。朝はこれくらいサラサラ行けるのがいい。


「そうだろ、ちょっとあげようか?」


「いえ、まだ取りたいものがあって、お腹に余裕があったらそっちに行こうと思ってるんです」


「そっか」


朝からこんな豪華な朝食が食べられるなんて、予約を間違えてよかった。


そんな事を思いながら、朝食ビュッフェを楽しんだ。


◇◆


朝食が終わったらあとはチェックアウトするだけだ。


俺も来栖さんが学校に行く時間に合わせてチェックアウトすることにする。


「それじゃあこれ、お願いします」


制服に着替え終わった来栖さんからトートバッグを受け取った。


「覗いちゃダメですからね!」


来栖さんが笑顔のまま釘を刺す。


「そんなことしないよ。俺は逮捕されたくない」


俺はそう言って苦笑した。このカバンの中には学校には必要ない来栖さんのお泊まりセットが入っている。


何が入っているとは言わないが、中を覗けば今の関係は簡単に崩れ去るだろう。


ただ、これを預けられるということはそれだけ信頼してくれているんだと思う。


「ニヤついてますけど、本当に大丈夫ですか?」


信頼してもらっているのが嬉しくて、口角が上がっていたようだ。今のタイミングでそれはまずい。


「大丈夫だって! 何にもしないから!」


「信じますからね。それじゃ、いってきます!」


来栖さんを見送った後、俺も家へ向かって歩き出した。


「贅沢して沢山食べたから、帰りはタクシー使わずに帰ろう」


俺は清々しい朝の日差しを浴びながら、ゆっくり家へ帰るのであった。




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