第27話 ホテルの、ビュッフェ
「本当にここなんですか?」
タクシーでホテルに辿り着くと、隣で来栖さんがそう聞いてきた。
「うん、予約したホテルの住所を伝えたから……」
俺が知っているような、ビジネスホテルに横付けではなく、立派なホテルのロータリーにタクシーは入っていく。
「到着しましたよ」
タクシーの運転手に言われてお金を払って車を降りると、俺はホテルの入り口を見た。
入り口にはドアマンが居て、ガラスのドアから見える廊下には赤い絨毯が敷かれている。
(あれえ? こんなにすごい所なの?)
俺はスマホで予約情報をチェックする。
(200000……あれ? 0が一個多い)
会社員時代5千円台のビジネスホテルしか泊まったことのない俺は、ちょっと贅沢な2万円のホテルを予約したつもりだった。
しかし、あの時慌てていたせいか、桁を一つ間違えたみたいである。
「た、たまの贅沢だしさ、一泊思いっきり贅沢しよう!」
俺は苦笑いを隠すように、来栖さんにそう言ってウインクした。
「もう、山田さん張り切りすぎです!」
来栖さんはクスリと笑ってくれるが、俺は流石におっさんのウインクはダメだったという恥ずかしさを隠すために咳払いをする。
「それじゃ、入ろうか」
「はい!」
ドアマンが開けてくれたドアを、俺と来栖さんは歩幅を合わせてくぐった。
◇◆
綺麗に大理石が敷かれたフロアに、受付まで真っ赤な絨毯が敷かれている。
緊張しながら受付へ向かうと、特に変わった事はなく、スムーズにチェックインすることができた。
「荷物を置いたらまたここで」
「はい」
隣り合った部屋なのに、扉の位置が妙に遠い。
ルームキーを使って中へ入ると、俺は乾いた笑いが漏れた。
「いやこれ、絶対1人で泊まる部屋じゃないでしょ」
ビジネスホテルのように、入り口からベッドが見えているということはない。
くつろぐためのリビングと寝室は別で、寝室を覗けばベッドは家の倍以上あった。
「大丈夫だよな?」
床に置くわけにはいかないので、高そうなソファに着替えが入ったカバンを置く。たったそれだけのことが妙に緊張する。
「あ! 急がないと来栖さんを待たせてる!」
荷物を置くだけでどんだけ時間を使ったのか、俺は急いで部屋を出た。
「お待たせ、待たせてごめん!」
廊下へ出ると、すでに来栖さんは待っていた。
「そんなに待ってませんよ。それよりも……」
「「部屋が豪華すぎて落ち着かないんですけど(よね?)」」
2人の気持ちは同じだったようで言葉が重なってお互いに苦笑する。
「山田さん、服ってこれで大丈夫なんでしょうか?」
来栖さんがそう言って自分の服を見る。
来栖さんに似合っていてすごく可愛いのだが、そういう意味ではないのだろう。
「ドレスコードは書いてなかったから大丈夫なはず」
俺は言って来栖さんを安心させながらも、自身は緊張増し増しでエレベーターでレストランフロアへ向かった。
◇◆
レストランの前で、俺は一瞬身構える。入り口に立っている黒いスーツのスタッフが笑顔で「いらっしゃいませ」と穏やかに会釈をした。
それを見て、俺はほっとする。ドレスコードがあるならこの時点で言われるだろうからだ。
「お客様のルームキーを確認してよろしいですか?」
俺と来栖さんは言われるがままにルームキーを見せる。
すると、スタッフは少し驚いたような表情をした後に笑顔をつくった。
「お二人の席はご一緒で用意いたしますね」
「よろしくお願いします」
やはり1人一部屋で泊まる客はまずいないのだろう。
部屋単位でテーブルが用意されているようだ。
スタッフに案内されてレストランへ入ると、想像していたビュッフェとはまるで違っていた。
ガラス張りの夜景の見えるレストランに、料理はその場所場所に調理してくれるシェフがいる。
席に案内された後は、スタッフは「ごゆっくり」と一礼して去っていった。
「なんか、緊張しますね」
緊張と口には出したが、表情が硬いということはなく、楽しみのが大きいのか来栖さんの視線は料理のある方を見ている。
「そうだね。とりあえずご飯取りに行こっか」
俺がそう言うと、待ってましたとばかりに来栖さんは微笑んだ。
「うわ、お肉美味しそう! お寿司も目の前で握ってくれるんですか? えぇ、天ぷら……私海老天大好きなんですよぅ」
いざ料理を取りにくると、来栖さんは目移りしてキョロキョロ周りを見ている。
「ビュッフェなんだから、いろいろ食べて、おかわりして、お腹いっぱい食べよう!」
「はい!」
とりあえず第一弾を取って、席へと戻る。
「なんか、すごい体験してますね」
「だね。俺も初めてだよ」
俺と来栖さんは食事を食べる前にグラスを持ち上げる。シャンパングラスだが、中に入っているのはお酒ではなくジンジャーエールだ。
「「乾杯」」
グラスをカランと軽く合わせ、俺達は食事を始めるのであった。
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