第15話 賃貸の、落とし穴
数日後の土曜日、俺と来栖さんは不動産屋のカウンターに並んで座っていた。
休みの日を選んだのは学校帰りで制服姿の来栖さんと部屋を探しに行くのに少し抵抗があったためだったりする。
先ほど担当者の名刺を受け取り、今はこの前2人で決めた条件を伝えたところであった。
「重視されるのはセキュリティ面、それと広いカウンターキッチンですね」
「はい。あ、それと駅は近い方がいいです。学校や病院に通いやすいように」
担当者が条件を復唱した後に、俺は思い出したように伝える。
咄嗟に言ったので学校と言ってしまったが、担当者は特に変に思って様子はない。
俺は内心ほっとして、来栖さんの方を見た。
来栖さんは電車で学校に通っているし、お母さんの病院へ行くのにも電車を使う。
話題に出ていなかったが、これも必須条件だと思った。
俺の言葉に、来栖さんが「ありがとうございます」と言って微笑んでいる。
「なるほど。正直セキュリティと広いキッチンだけでは絞りきれないので駅近という条件は助かります」
担当者も、追加条件を聞いてタブレットを操作しながらそう話した。
「セキュリティのお話ですが、どこまで求めるかで家賃なども変わってきます。先ほどおっしゃっていたオートロックは、今は付いてる所が多いので比較的お安い物件にも付いています。ただ、オートロックというのはセキュリティ面ではかなり弱いと思っていただいていいかと思います」
担当者の話を聞いて、俺は衝撃を受ける。引越しを考え始めた理由がオートロックでない家はセキュリティ的に不安だと考えたからだったからである。
「そうなんですか?」
俺の確認に、担当者は「実はそうなんです」と苦笑しながら答えた。
「確かにオートロックがあればセキュリティはよく見えます。ただ、住民と一緒に入ってしまえばスルーできるし、最近では宅配サービスなんかも簡単に入れたりします」
担当者の説明に、俺は納得する。
確かに、自分と一緒に入って来ても他の住人だと思うだろうし、住んでいれば自分もついでにと一緒に入ってしまいそうだ。
「最近はそういった安心からくる油断で起こる泥棒やストーカーの被害が増えているのも事実なんですよ」
実際、俺もオートロックがあれば大丈夫だと思っていたから、そういう油断に繋がった可能性は十分にある。
「そこでご提案なのですが、オートロックの他に、鍵がないとエレベーターが動かないマンションがあります。もちろん、家賃は上がってしまうのですが——」
オートロックの後に、鍵が無いとエレベーターが動かないし、自分の部屋の階にしか行けない。というセキュリティが付いているマンションがあるそうだ。
宅配関係は全て宅配ボックスによる置き配なので宅配業者も入ってくることはない。
鍵を使う回数が多いのが手間ではあるが、その分セキュリティは上がるのだそうだ。
「じゃあそこがいいです!」
家賃の確認もせずにそう言った俺に、担当者は苦笑する。
「どの部屋もこれより高い家賃になります。何件かありますし、これから内覧をして決めてはいかがですか?」
担当者が差し出したタブレットに掲載された部屋の家賃を見て来栖さんが驚いた様子で「山田さん⁉︎」と俺の方を見てくる。
「確かに高いけど、安心のためだから。とりあえず見に行ってみようか」
普通のオートロックの賃貸よりだいぶ高いが、普通の間取りなら目が飛び出るほどでもない。
部屋が広いと来栖さんが大変になりそうなので、広い所を借りるつもりもないから許容の範囲内だと思う。
それに、来栖さんのお母さんが元気になるまでだからずっと住むわけではないだろうし。
「分かりました。決定権は山田さんにあるので……」
俺の提案に渋々ではあるが来栖さんは頷いて、担当者の車で内覧に向かうことになった。
◇◆
一軒目のマンションは条件の中で1番家賃の安い物件だったが、それでも外観は立派にみえる。
担当者が説明をしてくれながらカードキーをタッチすると、エレベーターのドアが開き、中に乗ってからもボタンを押すのではなく、カードキーを触れると行き先の階が決定される。
最新のセキュリティに感心しながら、俺と来栖さんは部屋へと案内された。
部屋へ入ると、一番安いところと説明されていたにも関わらず、俺の想像の上をいく内装だった。
(これは、文句のつけようがないだろうな)
そう思いながら隣を見ると、来栖さんも目をパチクリとさせている。
「玄関を上がってもらいますと、廊下の先にリビングダイニングがあります」
担当者の説明を受けながらリビングへ向かうと、リビングダイニングだけで今の部屋よりも十二分に広かった。
「こちらがキッチンですね。お2人で料理をされても十分な広さがあり、後ろを通っても邪魔になりません」
担当者は俺達の要望を聞いて2人で仲良く料理するのだと思ったようで、そう説明してくれる。
「来栖さん、立ってみたら?」
「は、はい」
俺の提案に、来栖さんは緊張した面持ちでキッチンへ足を踏み入れて、そこからリビングダイニングを見渡している。
「広いですね。せっかくのカウンターキッチンだからもうちょっと近い方がいいかも」
来栖さんは何かを想像したのか、楽しそうにはにかみながらそう呟いた。
「キッチンが広くて使いづらそう?」
「いえ、そうじゃないんですけど、向こうまでが遠いなと思って……」
なぜか恥ずかしそうに俯いてしまった来栖さんに、俺は首を傾げる。
「それは使い方にもよると思いますよ。向こう側は棚などを置いてこちら側で生活するようにすれば距離は近くなると思います」
「そうですね、それがいいかも……」
俺は何か不満があるけど言い出しづらいのかと聞こうとしたが、担当者がアドバイスすると、来栖さんは納得したようで笑顔を見せる。
「うん、ここが良さそうだな。ここより高いところはもっと広いんですよね?」
来栖さんの笑顔が見れたので、俺は担当者にそう質問すると「そうなりますね。広いのもいい所があるんですが、ここが良さそうだと思います」と来栖さんの方を見た後に笑顔でこの物件をおすすめされた。
「来栖さん、他の物件も見てみる?」
「いえ、ここが気に入りました!」
「それじゃあ、ここを契約しよう!」
俺と来栖さんが盛り上がっていると、担当者が苦笑いで口を挟む。
「まだ部屋やトイレ、お風呂も見てませんのでそちらを見てからでもよろしいかと」
担当者の言う通り、俺達はキッチンだけで部屋を決めてしまっていたのだ。
その後、部屋を3つ、トイレ、お風呂を見てまわって、何も問題がなかったので契約をお願いした。
「それでは審査に回させて頂きます。コチラの書類の記入をお願いしてもいいでしょうか?」
不動産屋の店舗へ戻り、説明を受けた後に俺は書類を記入する。
すると、そこで担当者の眉がピクリと動いた。
「何か問題がありましたか?」
「いえ、一度審査に回してみましょう。結果は後日連絡させていただきます」
そうして、俺と来栖さんの内覧は終わった。
◇◆
後日、不動産屋の担当者から俺のスマホに連絡が入る。
審査の結果が出たのだと、俺は胸の高鳴りを感じながら通話をタップする。
「山田様、申し訳ありませんが先日の物件の審査が今回は見送りとなりまして……」
「え?」
担当者の声が、妙に遠くに聞こえた気がした。
「山田様は今定職に就いておられないため審査が不利になりまして。資産を伺いましたので大丈夫かと思いましたが、やはり賃貸審査は収入の継続性が重視されます。お力が足りず、申し訳ありません」
「そうですか……」
俺は返事をするのが精一杯で、力なく椅子に腰掛ける。
不動産屋の帰り、引越しのことを遠慮していた来栖さんが楽しみだと笑っていた顔を思い出して胸が締め付けられる。
宝くじが当たって大金を手に入れて、来栖さんと来栖さんのお母さんを助けることができて、なんでもできる気になっていた。
『無職』
宝くじに当たる前に俺を悩ませた問題が再び、道を塞いでいた。
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