第三幕 万界評議会

 鈴村は自分のこれまでの人生を振り返っていた。思えばいつも誰かに振り回される人生だった。自分の意志とは関係なく周りのせいで自分の事がままならない。そんな人生だったと。

「今回の議会を取り仕切るリド・ワムヒュエルだ。この世界では命の裁定者を担当している」

 眩しいほどの金髪に輝かしい瞳を合わせ持つ容姿端麗な男。鈴村の脳は必死に名前を刻み込む。

「ヴォリア・フル…魔術の裁定者担当だ…次」

 顎で次の名乗りを促した目つきの悪い女。鈴村は彼女から向けられる射殺さんばかりの目つきに委縮していた。

「フール・マール…運命さだめの担当…異物は拒絶…」

 目を閉じてスピリチュアルな装束に身を包む少女。ここまで来て鈴村は胃痛で今にも倒れそうだった。明らかに彼らは、鈴村の事を受け入れているようには見えなかったから。

「あ、私はイシュル!イシュル・メイア…よろしく鈴村。あ…意思の担当…!」

 ここへ連れ込んだ元凶イシュルは鈴村の方に体を寄せる。どれだけ不幸を体現したような女であれ、男である以上は多少の喜びの情が産まれる筈。だが、鈴村の心中が穏やかである訳がない。

「寄らないで…」

 怒りを必死にかみ殺したように鈴村はイシュルを制した。手を突き出して明確な拒絶の意志を表して。

「ご、ごめんなさい…」

「あぁ~…なんだか大変な事になってきたなぁ~…」

 身体全体が樹木で出来ているような生物が鈴村の隣には座っていた。これを鈴村は生物だとすら思わないようにしていたが、どうやらそれも難しいらしい。声を発するファンタジー世界での生物などトレントくらいしか思いつかないが、それとも違う。形容するならば至った人間が自然と調和し、樹木化したというような雰囲気だった。もっと言うなれば、隣の樹木は解脱の域であった。

「私はイドガロ…自然の裁定者…あぁ~…鈴村さん…こんな姿で出迎えてしまって申し訳ない。つい最近世界を作り替えたばかりでね…その影響が見た目に…」

「いえ…お気になさらず…」

「知力と武力は欠席の予定だと聞いている。なので始めていきたいんだけれど…」

「キミ、誰?」

 命の裁定者リドが大きく目を見開いて鈴村の方を見る。まさに自分の命を握られているような感覚に鈴村は縮み上がった。

 呼吸は荒く、思考も上手くまとまらない。けれど何かを口にしなければ命すら危うい状況というのは頭では理解していた鈴村。しどろもどろになりながら言葉を紡いだ。

「わ、わたくし…異世界から参りました鈴村和彦とも、申します…こちらのイシュル様に半ば強制的にここへ連れてこられた次第でして…その…直接的な関係は…あ、ありません」

「なんだ?イシュルが悪いって言いてぇのか?保身に回ろうとする姿勢が気に食わねぇな」

 目の鋭い女、命の裁定者ヴォリアが鈴村を威圧する。

「っ…!い、いえっ…そういう訳では…!」

 額から噴き出る汗をぬぐう事すら躊躇われるほどの緊張感。全員に命を狙われている立場で嬉々としてそれを見ているのは隣のイシュルだけだった。

「まぁ…いいけど…じゃあさ、文化交流って話だと聞いてるんだけど、何か文化を教えてよ。とびっきりの面白い奴」

 半ば嘲笑気味に口にするリドを見て、鈴村が思い描いたのはかつての会社員時代の記憶。やりたくもない飲み会の幹事を任され、挙句の果てには、やれ面白い事をしろだの、一発芸をしろだのと無茶ぶりが降りかかるまさに地獄。

 どれだけ文化が違えども上が居れば下がいる。その関係が成り立つ以上、行きつく先はどうやら同じらしかった。

「おっ!いいじゃねぇか!やれやれ!つまらなかったら殺してやる!」

「静観…期待…価値の判断」

 押し寄せる重圧に鈴村の視界はグルグルと回り出す。何かに突き動かされるように日本流の土下座を披露しようとしたところで、議会の扉が勢いよく開かれた。

「失礼いたします!!」

 その声は真に仕える従者の声。幼少期から今に至るまで長らく聞いてきたはっきりと真っすぐな、絢爛たる淑女の声。

「ゆ…由芽様…」

「鈴村、ご苦労だったわね。上手くやっているとは思っていたけれど想像以上…」

「何だお前…?このジジイの付き人か?」

 由芽はカツカツと鮮やかに彩られた下駄を鳴らして円卓へと歩み寄る。

「私の従者への無礼、しかと見届けさせていただきました。思ったより…何というか…」

 由芽はくすりと嘲るように笑みを作る。口元を扇子で隠し、放たれるは日本流の皮肉の言葉。

「随分と…振る舞いがお若いのですね。羨ましい限りです」

 由芽の発言に思考を固める裁定者の皆々様。その中で鈴村だけはその言葉の意味と、そこに込められた由芽の確かな怒りを感じ取っていた。

 思わず涙が奥底から込み上げる。

「すいません…由芽様…私…私は…!」

「鈴村、面を上げなさい」

「由芽様…ですが…」

「言ったでしょう?あなたは上手くやったのです。私がそう言った以上はそうなのですよ」

 あくまで一般人の鈴村の緊張は由芽には測り知ることは叶わない。だが、誠実に対応したからこその鈴村の緊張があったことは由芽も理解していた。それだけで守るべき誇りとしては必要十分。

 由芽にとっては紛れもなく完璧な滑り出しと言えた。

「おい、異世界人の女。お前、何しに来た。ただの見学なら出ていけ。ここは神聖な場だ」

「はぁ…言われなくともそう致します。私は彼の付き添いにここへ来ただけですので…」

 扉の奥から響く足音。その音が聞こえるより少し先に円卓に座る裁定者達の表情は強張った。

「っ…!どうして…?」

「理解…遠い…何故…?」

「まさか…」

 議場に入り込む異様な圧力に裁定者達は息を呑む。鈴村と由芽だけが互いに互いを見つめていた。

「久方ぶりだな…この議場も」

 現れたのは人の形を成した創世の竜。その見た目は由芽が指南した。クールなインテリ系のイケメンをコンセプトに鈴村の鞄から伊達メガネとビジネス用のネクタイを拝借してその体を成したのだ。

 この議場はおろか裁定者達を裁定者たらしめた存在と言っても差し支えないほどの絶対的な存在に議場の空気が一変する。

 裁定者達は机の下で密かに臨戦態勢を取った。気まぐれに創り、気まぐれに破壊すると伝え聞く創世の竜の逸話。彼らも自分の命がかかっているともなれば正気ではいられないという訳だった。

「ほら、巨竜様。ご挨拶を」

「はぁ…何故、私がこのような下賤な者に…」

 創世の竜はとてつもない殺気を方々へ放ちだす。それを感じ取った由芽は人間になり損ねた尻尾を掌ではたいた。

「挨拶!」

 ベシっという音と共に議場の空気が凍えあがるのを鈴村は感じ取った。同時に力関係が大きく覆ったとも。

「むっ…創世の竜。我は名を…名を…」

「モカ…モカで今は通しなさい…」

 巨竜に耳打ちする由芽。その言葉通りに巨竜は語る。

「モカという」

「ぶっ…!」

 危うく噴き出しそうになるのを鈴村は両手を使って必死に堪えた。

「鈴村さん?」

 どうしてそうなったのか分からずイシュルは不思議そうに鈴村を見つめた。

「い、いや…大丈夫…大丈夫ですので…」

 モカ。それはかつて花宮家で飼われていたペットの名前だった。毛色は茶色。犬種はチワワ。由芽の孤独な青年期を支えた愛犬である。

「我はこの度、文化交流に最適な人材として彼らをこの世界へと招き入れた訳であるが…その意はこの世界の発展にある」

「世界の…発展…?」

「そうだ。文化の理解を通じて学ぶのだ我々も」

 巨竜は円卓に座る裁定者達を一人一人見回して、最後に隣に立つ由芽を見た。

「皆、何かあれば彼らを頼れ。万一粗相があれば我に申し付けよ、適格な判断のもと処罰を講じる」

「とのことなので今後とも何卒よろしくお願いします」

 裁定者達へ丁寧なお辞儀をかます由芽。 

「鈴村、帰りますよ」

「は、はいっ…!お嬢様…!」

 この地獄から抜け出せるとばかりに嬉々として立ち上がる鈴村。巨竜も、他の裁定者達も議会の終わりをなんとなく察していた。

 彼女、想いの裁定者イシュル・メイアただ一人を除いて。

「駄目っ!行かないでっ!」

 議場に響く狂気のこもったその声に、巨竜も由芽すらも振り返った。

 鈴村の手を引くイシュル。その目には確かな執念と羨望が宿っていた。

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