最後の景色

はな

最後の景色

叔父が死んだ。


もう何年も連絡を取っておらず、悲報を聞いても実感が湧いてこない。


叔父は独身で、母とは一回り歳が離れていた。

母はいつまでも落ち着く様子がない弟を心配しながらも、奔放な弟の生活の影響が自分の家庭に及ぶことも危惧していた。


幼い頃の叔父は歳の離れた兄のような存在だった。


共働きの両親に代わって、高校生の叔父が保育園のお迎えに来てくれたり、小学生の僕をプールや近所の夏祭りに連れて行ってくれ、スノーボードも叔父が教えてくれた。


叔父のことが大好きだった。


実の弟を突き放す様な母の態度に反発を覚えた時期もある。


けれど、自分が成長し、当時の叔父と同じ年になると、いかに叔父の生活が“普通”ではなかったか、に気がついた。


祖父母のすすめで大学に進学はしたが、毎日アルバイトばかりしていた。

もちろん、授業には出ていない。

ある程度の資金が貯まると、アジア、ヨーロッパ、南米、気の向くままに出かけていく。

結局、2回の留年後、自主退学し、自由気ままな生活を続け、36歳で死んだ。


あっちこちと、飛び回っていた叔父が、地元の祖父母宅で亡くなっていた、と聞いた時は、何だか不思議な感覚がした。


アフリカの奥地で行方知れずとか、紛争地域にうっかり入っちゃってとか、不謹慎だけど、そんなイメージをしてしまう自分がいた。


自由に生きて自由に死んだ、という点では、叔父らしいなと感じる。


叔父は祖母の子供ではない。

祖父には悪い癖があり、叔父が誕生した。

祖母はそんな叔父に対して、母に対するのと変わりなく接していたように思う。


少なくとも、成人するまでその事実に気が付かないくらいには叔父は家族に馴染んでいた。


ただ、今思うと叔父は叔父なりに思うところがあったのだろう。

自分の存在が特に祖母にとって、どんな存在なのか。


糸の切れた凧のような振る舞いには、祖母の視界から、家族の異物である自分を遠ざける意味があったのかもしれない。


世界中の景色を見て周り、最後に見た実家の庭に叔父は何を思ったのだろうか。


叔父は生前一度も実母について知りたがったことは無いという。


棺の前で肩を落とし、


「本当に馬鹿な子なんだから。」


と呟く祖母は確かに叔父に愛情を注いでいたのだろう。


叔父は不器用で臆病な人だった。

自分に向けられた予想外の愛情に向き合う勇気が持てず、ようやく決意をした矢先に逝ってしまった。


叔父が見ていた景色は悲しみだったのだろうか。

優しさだったのだろうか。


いつか叔父と見た花火が、夜空に咲いた。

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最後の景色 はな @hana0703_hachimitsu

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