第19話 異世界でまでその名前を聞きたくなかった
眩しい日差しの中、建設中のキャバクラ一号店の前に立つ。木枠と仮設の看板には、煌びやかな筆致で『ミラージュ』の文字。
この街の新たな目玉となる店だ。
「……ほんとに、いい感じになってきたな」
高級感と落ち着きのある立派な外装だ。
――だが、何かが足りない。
……パネルだ!
そうだよ、店にいるホステスたちのパネル! 顔と源氏名とキャッチコピーが入ったやつ!!
初見さんにも安心ってアレ。この子がいるなら入ってみようかな~って思わせるアレ!!
決めた。あれ作ろう。
でもオレ、絵心ないからな~~
いや、待て。
ここはもともと芸術と信仰の宗教都市として再開発される予定だった街。
ってことは画家ともかかわりがあるはず! どこだ? アマーリエなら知ってるだろ。
すぐにアマーリエの所に行こうとしたオレの後ろで、ヒールの音が響く。
振り返った先にいた女に、一瞬目を奪われる。
「ヴェリーナ……?」
「……あら。覚えていてくれたの? 嬉しいわ」
「忘れられるわけないだろ……」
マジかよ、ヴェリーナじゃん。
王都で一番人気の高級娼婦で、貴族の恋人もたくさんいるっていうお姉さま。
ヴェリーナはまっすぐこちらを見て、艶やかに笑った。
「不思議な街。歓楽街がこんな堂々と、メインストリートにあるなんて」
「それがセブンツリーの売りなんでね」
ヴェリーナはからかうように微笑み、未完成の店を見上げた。
「ここに住んだら、もっと楽しくなるかしら」
「移住者は大歓迎だぜ」
それに、王都で一番の高級娼婦が移り住んでくるなんて、街の格が上がるってもんだ。
「でも、あんたが王都からいなくなったら、寂しがるやつもいるんじゃね?」
「誰かの話より、あなたの気持ちが聞きたいわ」
オレは軽く笑って肩をすくめる。
「それじゃ、一杯おごらせてくれよ」
オレはヴェリーナと一緒に近くのバーに入る。もちろん護衛も一緒だ。
店は元衛生兵のラーシェに任せてある店だ。
すでになかなか繁盛しているらしく、常連もついてきているらしい。さすが元ヤマタノオロチだよな。
木製カウンターにグラスを並べて、静かに乾杯した。
「それじゃ、オレたちの再会と、未来に乾杯――」
グラスを傾けるヴェリーナの視線が、すっとオレに向けられる。
「王都にいたらよく噂を聞くわ。セブンツリーに行けば救われるって」
「へえ……」
「病気も痛みも消してもらえて、住むところも仕事もある。まるで、女の理想郷みたいに……」
ヴェリーナはグラスを指でなぞりながら、囁くように言った。
「ねえ、あなたは神様なの?」
「いいや? ただの男」
オレはグラスを回し、琥珀の液体を見つめた。
「オレには女の子の気持ちはわからない。でも、女の子たちがどんなことで困るかはわかる。そこに付け込んで、優しくしてるだけ」
「たちの悪い男」
そのとおり。ホストなんてクズだよ。
ヴェリーナが目を細めて笑う。
「――聖女様も、この街に興味があるみたいよ」
さすが貴族の恋人が何人もいる女。情報通だな。
「あー、前の計画は信仰と芸術の宗教都市とかだったからな。それが歓楽街になりゃ、気にもするだろ」
「……聖女様は、この街をどう思うかしら」
「それこそ、神のみぞ知るんじゃね?」
グラスの中の氷がカランと鳴る。
――それにしても、聖女か。
……なんか、気になるな。
◆◆◆
神殿に戻ったオレは、アマーリエの執務室にいく。クライヴは部屋の外に置いていく。
「ユーリ様、いかがなさいました?」
「なあ、聖女様ってどんな人なんだ?」
部屋にアマーリエしかいないことを確認して、単刀直入に聞いた。
「オレが死んだときに近くにいて、助けようとしてくれたんだったよな? オレと仲良かったのか?」
なんか最初のころそんな話を聞いた気がする。
アマーリエは途端に息を詰まらせ――書類を書いていたペンを置き、深く息をついた。
「聖女ジュリア様は――」
その名前に、思わず咳き込む。
「ユ、ユーリ様? 大丈夫ですか?」
「お、おう、ちょっと気管に入っただけ……」
嫌な名前だ。こっちの世界でもその名前を聞くとはな。
くそ、背中が痛い。
ジュリア――樹利亜。
ホスト時代のオレの太客。メンヘラ気味の姫。オレにせっせと貢いできたタイプ。
惚れられてるのはわかっていたけど、こっちは深入りせずに適当に流してた。
当然枕もしてない。だって客は客。カノジョじゃねーからな。あんまり一人から搾り取るのも流儀じゃなかったし。だからいつまでもナンバーツーどまりだったんだけどな!
だから、まさか刺し殺されるとは思ってなかった。
距離を保ってたつもりだったのに、入れ込まれすぎた。
ほんと、女心ってのはわかんねぇ。
あいつどーしてんだろうな。
逮捕されたか、飛んだか、どっかに堕ちたか。
そもそもなんで殺してくるんだよ。オレを殺したって金は帰ってこねーぞ?
「聖女ジュリア様は、ユーリ様にとても……とても……」
めっちゃ言いにくそう。
「とても……好意を抱かれていまして……」
「うわあ」
やだなぁ。詳しく聞きたくないなぁ。心臓バクバクで冷や汗ダラダラなんだけど?
名前の一致ってとっても嫌だなぁ。
――そこでオレは、ふと思った。
オレが異世界転生してユーリの身体にいるみたいに、樹利亜も聖女ジュリアの身体に入ってるんじゃねぇって?
……冗談じゃねぇぞ。
そんな悪い冗談、あってたまるかよ。
ただの、偶然。ただの名前の一致。
……でも、もしさぁ。
もし、聖女があの樹利亜ならさぁ。
オレを殺したみたいに、ユーリ様を殺してたっておかしくねぇよな?
一人やったら二人も三人もいっしょーってなノリで。
ダメだダメだ。恐ろしい想像だ。忘れろ、オレ。
気を取り直して、話題を変える。
「なあ、アマーリエ。お前、芸術に興味あるんだよな。信仰と芸術の街なんて作ろうとしてたくらいだし。売れない画家とか知らない?」
話が変わったことにアマーリエは一瞬まばたきをしたが、すぐに力強く頷いた。
「――います。いますいます、才能あるんですけれど、なかなか絵が売れない画家たち、いっぱい知っています」
「んじゃ、呼んでくれ。肖像画の仕事いっぱいやるから」
「ユーリ様の肖像画を?」
アマーリエ、なんだかワクワクしてない? でも残念。
「オレじゃねーよ。ホステスとホストの絵を描かせるんだよ。まだキャバクラしか作ってねーからホステスからだけどな」
「……はい?」
「んで、店の中や外に飾る。客はその絵に引き寄せられて、好みのやつがいる店に入るってわけ」
「――そんな、俗物的な仕事!!」
「んー? これも大切な仕事だぞー? アートだぞー? 絵が描けて、金がもらえて、絵を見てもらえる。チャンスだと思うんだけどなー?」
「し、しかし……そのような……」
揺れてるな。もう一押し。
「売れねー画家が腐るほどいるだろ? だったら描かせてやれよ。モデルがホストだろーが、ホステスだろーが、上手いヤツは上手い。才能を眠らせておくなんてもったいないだろ?」
才能が日の目を見るのはチャンスが必要だ。
アマーリエもそのチャンスを潰したくないはず。
「観光客が増えたらガイドブックも作りたいな。街の入り口とか王都で売れば、初見さんも来やすいし、画家の絵も色んな人に見てもらえるだろ?」
しばらく黙って考えていたアマーリエが、やがて意を決したように口を開いた。
「……わかりました。画家を手配します」
おっ、話が早いじゃねぇか。
「ですが、ユーリ様の肖像画も描いていただきます」
「……は?」
「わたくしの私費でなら、問題ないですよね?」
「あ、はい。ないです」
にっこり笑ってくるアマーリエに、つい条件反射で頷いてしまった。
……アマーリエ、オレの肖像画なんて欲しいの?
まあいーや。
そのうちホス看も描かせたいし、芸術家は何人いてもいい。
おっ、なんだか初期コンセプトの芸術と信仰の街に近づいてきてねえ? ちょっと俗っぽいけど。
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